私は息子を生んでから娘を授かるまでの間に
色々と思い悩み葛藤して時間がかかったし
流産も経験した
「うちはうち」「よそはよそ」と思っていても
その期間に子連れの家族を見て
羨ましい気持ちにならなかったわけではない
特に子だくさんの家庭には
「どうして何人も元気に生めるのかなぁ」
「私と何が違うのかなぁ」
と思う気持ちが少なからずあった
だけど娘を生んでから
その見方や感じ方が少し変わった
娘を連れて出かけていると
「いいねぇ、赤ちゃん可愛いねぇ」
「何ヵ月くらい?」
「大変でしょう?うちもこうだったよ」
って見知らぬ人によく声をかけられる
声をかけてくる人はみんな笑顔で
ほんわかした雰囲気で…
息子を連れて出かけている時に
こんなふうに声をかけられることはない
でも娘を連れて出かけていると
お店のレジやエレベーターの中や病院の待合室
日常のさまざまな場所で本当によく声をかけられる
息子と娘であまりにも違う周りの反応に
「娘を連れて歩いてる私は
周りの人にはどう映っているのだろう」
と疑問に感じるようになった
もしかしたら
子供が欲しくてもできない人が見たら
羨ましいと思うのかな
もしかしたら
障がいのある子供をもつママが見たら
悲しくて嫌な気持ちになるのかな
幼い子供をもつママが見たら
「うちといっしょだぁ」って
温かい気持ちになるのかな
娘を連れて歩いてる私を見て
そこから
人工呼吸器使ってる息子がいるなんて
誰も想像しないよね
もちろん息子と楽しいこともたくさんあったけど
泣いて苦しんで色々乗り越えて
やっと今にたどり着いたなんて
誰もそこまで想像しないよね
ハッとした
私が「羨ましい」と思って見てた
どこかの子連れの家族だって
いっぱい苦しんできてるかもしれないし
今大きな悩みを抱えているのかもしれない
それなのに
自分の目の前に映っている光景だけを見て
私は勝手に自分とその人を比較して
勝手に落ち込んだり自分を責めたりしていたんだ
すごく視野の狭い自分が情けなくなった
もちろん
出掛けた先にいる周りの人の内面や事情なんて
知ろうと思っても知ることができないんだけど
どうして自分にないものが目の前に映ると
その人はそれを簡単に手に入れて
幸せに生きているように思ってしまうんだろう
誰だって楽しいことばかりではないことくらい
少し考えれば分かることなのに
もっと早くそう思うことができていたら
あんなにつらくなかったのかな
今気付いたから
これからはもっと
どうにもならない苦しみも悲しみもひっくるめて
自分の人生を大事にして生きていけるのかな





