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一言の記

日常の中にある些細な出来事を
惚けた老人の目で見た独り言をつづります

 小輩一時「人を疑う」と言う嫌な経験をしましたが、今は何でも信じたい心境であります。

一番信じたいのはこれ。今朝の読売新聞の一面です。  

           

 2月初旬にピ-クを迎えたと報じています。

        

 下は小輩のデータ。黄に塗った2日に最多数を記録している。

 以後これを上回らない。下向きの青矢印は、先週を下回っている日です。

 比べると何となく報道と一致しているようにも見えます。

     

 そんなこんなの中、15日に3回目の接種を終えました。今回は掛かりつけの個別接種の予約ができないで、区の集団接種会場へ出向いての接種。思った以上にスムーズな流れでの処理に感心。16:30からの予定、に小輩達15分くらいには到着した。15分刻みの区分だったが、16:15の予約者が切れると、30分の予約者を案内してくれた。お陰で14:25分には接種を完了してしまった。臨機応変の無駄のない対応はさすがだと感心。

今回も副反応なしの、愛想のない結果に終わりそうです。がそれが最上だ。感染者減少がさらに進んで終息の日を迎えるまでは死なないぞ。

 

   接種終え終息を待つ余寒かな      旅人

 

 

 

 

 

 

  

 朝から良天気、だが余寒は続く。明日はまた雪の予報

こんな寒いときに生まれたのか、小輩、まもなく生誕○○年を迎えます。人生100年と大言を言われると、まだ相当の時間を要しますが、先ずはここまで達したのだと感謝の中で、人生を振り返ることの多くなったことは否めない。

 両親が残してくれた古いアルバムの中に、その痕跡を探してみた。

小輩の誕生した日は国中が湧いたそうです。なぜかと、この日、南方の戦線にあって大戦果の上がった日だそうな。夜には提灯行列が催行されたとか。

 そこで、アルバムに見る、小輩幼少のみぎりの歩みなど少々・・・

        おそらく誕生半年くらいと思われます

          人生スタートしたてのなんと賢そうな?

 

        そして2歳ころ

               

        父の上京が決まって母と叔母と        上京して父と 小輩ピンボケているのは、

                                    べそって揺れたそうである

 

父上京の理由は、軍隊を除隊後、職を警視庁職員に得たことによる。その後、父応召出征のため母と郷里に戻る。

  昭和21年5月父復員、旧職場に復帰。同年12月27日、再度母と上京する。

                 

                    出発前に叔母と撮った1枚

 

 上京時の記憶にあるものと言うと、一つは、王子から乗った都電。混雑する車内で母の手を握って、上を見上げた時の光景。天井にある照明のカバーが一つとしてなく、裸電球がむき出しの冷えた感触の様。

終点早稲田で降りて、豊橋を渡った時に感じた懐かしさのような感傷を忘れないで今に繋がる。

 以来今日に至るまでこの地に生きてきた。人生、可もなく不可もなく、平平と・・・。

 

  去年今年激戦の二月誕生日       旅人

 

 

 

 良い知らせです。

 新型コロナウイルス、オミクロン株の猛威は収まる気配もありません。重症者は少ないと言われていますが、高齢者の重症化率は高くなっています。立派な高齢者である小輩、リスクは高い人種だ。

 3回目接種の遅れが問題となっている今、高齢者は皆今か、今かと待ちわびている接種券。今日小輩の元に届きました。

        

 早速かかりつけの診療所へ電話。何ともケンモホロロの返答。「当方では前回発送された接種券の処理もままならぬ現状で、今回分の予約は全く受け付けられない」と。仕方なく次の手。ネットを開いて区の集団接種会場の申し込み画面を・・・。すると、空き枠がかなりあった。1週間後15日に予約を取ることができました。正直2月中に実施できればと思っていたので、上出来です。3回目はファイザーです。

 

 

     

梅一輪一輪ほどのあたたかさ   服部嵐雪の有名な一句。この季を言い当てている句です。

立春の今日、暦の上では春が来た。だが余寒はしばらく続く見通しと予報は言っている。年々年を重ねるにつれ、寒さの感じ方が違ってきた。これは仕方のないこととあきらめている。

 先日梅の開花が伝えられた。桜の開花は標本木があって、気象庁の職員が毎日観察をしているそうだ。では梅は? 伝えるアナウンサーが困っていた。どうなっているのか?掌握していなかったようだ。実は、梅もどこかにある標本木を観察して開花を発表しているのだそうだ。

 古の昔、小輩店をやっているころ正月用の商品に必ず使う花材が梅だった。

松竹梅を生けたものです。

       

 背景の凧がかかった枝が梅。五葉松に千両、菊といったオーソドックスな花材に、器が竹で松竹梅となります。懐かしいです。

 

 現世の老いの立春雲多し      旅人

 

 

 

 一年で一番寒いころ、大寒という。昔はバケツに汲んだ水が凍りついていた。水道の蛇口に湯をかけて凍結を溶かした。小学校は土の校庭で、歩くとサクサクと霜柱を踏む音がした。ただ懐かしさを想う。

 卒業して68年、今も十数人の級友との交流が続いている。その一人から一昨日便りがあった。

        

 寒中見舞いに近況を知らせてくれた。先ず一見、達筆な文面に敬意を表します。コロナ禍の現状を憂い、残り少なくなった人生を見つめ、自他の対策を説いて注意の喚起。そして知人の訃報が記されている。

 年末には必ずと言って何件かの訃報が届くが、何時自分が訃報の当事者になるか知れぬ今、お互いの身を案じ、何時までも健勝にと、念じ合う日の続くことを思う。

 

――コロナ終息は?

新変種株オミクロンの猛威は勢いに衰えを見せない。その特徴についていろいろ言われているが、何が正解ということは分からない。しかし、永劫に終息を見ないということはあるまい。何時か必ず終息の日は来る。”朝の来ない夜はない”というから。ただ、一日も早くその日の来ることを誰もが願いる。

 

   大寒もコロナの中に八十路旅     旅人