一言の記

一言の記

日常の中にある些細な出来事を
惚けた老人の目で見た独り言をつづります

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 ”瓶にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり”  正岡子規

子規、病に伏しているころの作と言われている。多分今頃の季節であろう。

 この時季報道にアチコチの藤のニュースを目にする。昔、小輩の通った小学校の校庭の一隅に藤棚があって、時季になれば花を咲かせたことだろうが、咲いているところを見た記憶がない。

特に関心をもっていた訳ではないので、おそらく小輩の見落としだろうと思う。

 数年前、散歩中すぐ近所に立派な藤の木があって、見事な花を咲かせていた。

     

家紋に藤の花を用いたものがあります。”藤”の字の付く苗字に使われていることが多いと言う。

藤原、や藤田のように”藤”の字が上にある家は”登藤” 佐藤、加藤のように下に”藤”の付く家は

”下り藤”と言われる。当家は下に藤であるので家紋は”下り藤”です。

 元々家紋は武家の家に使われていたのが、明治になって市民平等の世になり、戸籍に姓を許されたときに、あるいはその後一般庶民にもそれぞれの由来に基づき家紋も使われるようになったのか、と推察します。 

 家紋のあるなしに問題があったことは無い。しいて言えば葬儀の際に「家紋は?」と問われたことくらいか。

 

  両親を送ってすでに三十年家紋の藤を仏壇にみゆ   旅人

 

 

 

 

 

 東京は今日真夏日近し。

    

 

 朝から強い日差しが照り付けていました。上の数字は午後3時頃でした。

昨年の暑さは特別な感じでしたが、今年はその上を行く暑さが期待、いや危惧されます。

 しかし、今朝は嬉しいことがありました。

    

例年咲いてくれるクレマチス、今年も咲きました。つぼみが来ていたので何時咲くかと日々楽しみにしていたところ、今朝新聞を取りに行くと、一気に四輪も咲いていました。

 小輩、商売をやめて17年になりますが、それ以前からありますので20年以上は咲いてくれている事になります。ささやかな楽しみとして、日々の生活の中に息づいています。

 

 花咲いて老いの境地を励まされ     旅人

 

 

 

 

 

たまにだが朝食前に近くを歩くことがある。コースが決まっているわけではない。今朝は川添の遊歩道を歩いてみた。桜はすでに終わって、すっかり葉桜に・・・。

歩いていると植込みのある場所に

       

 

この様なものを見掛けた。どう見ても供養のための花束類である。小輩宅からわずかな距離内

にあるこの場所。何かあったという事案は聞いていない。

そこで早速・・・この近くに居る知人に尋ねることと。曰く「一週間ほど前ここで、自らの命を絶った人がいた」とのことでした。どこの何方かは当然知る由もありませんが、いきさつは理解できました。対岸の住民が見つけて通報を入れたと言うことですが、救急車は直ぐに戻り警察に引き渡されたそうです。

 手を合わせ何方か存じ上げない方のご冥福を祈り現場を離れました。

 

去る13日(日)小輩の住む豊島区の南池袋公園で、昭和20年4月13日の城北地区空襲による被害者慰霊祭が催行されたとの記事を見ました。

        

         15日読売新聞朝刊

豊島、板橋、北区の広範に渡る地域が空襲されたと言う。小輩直接経験した身ではない。

 

小輩が小学校に入学したのが昭和23年4月である。校門を入ると、正面から左にかぎ型の木造平屋校舎が目に入る。正面にプールがあって、その右に一段高くなった所にコンクリ製の建物の基礎がむき出しの状態で一面に広がっていた。それが何でそうなのか、理解することは出来なかった。

 後年になってその理由を知った。それが上記の空襲による結果だったのだ。

この夜全焼した学校は、その後隣接する小学校に間借り状態での授業を余儀なくされた。この時児童の三年生以上は学童疎開で不在だったので、一二年生と残留していた先生たちだけでした。

8月に終戦を迎え、11月に学童疎開から帰った児童を含め全児童は近隣2校に分散しての授業であった。と先輩たちから聞いている。

 3年前にまる焼けになった学校がたどった3年間は・・・当時の区の方針として全焼した学校は原則廃校となる運命だった。それが生き残れたのは、この情報をキャッチした地域の有志の方の並々ならぬ努力による。地域がこぞって新校舎建設に立ち上がった。そして昭和22年4月歴史を断つことなく校舎の落成と新入生を迎えることができました。その翌年小輩は入学したのであります。

 今朝の記事を読んで遥か遠い過去を偲んだ次第でした。

 

 

 

 

 

 

故あって久しく休んでいました。2,3月は思うようにはいかない生活を送っていました。

この間に季節は進み春本番。数年前正月飾りにあった松を挿し木したという記事を書いた覚えがありますが、今年は見事に咲きました。

   

去年は3輪ほど花をつけましたが、今年はこんなに咲いています。小輩の留守中に咲いたということでした。なお例年の河岸の桜は今年も観察できました。

     

 

       

 

この桜を植樹するとき、町会の役員の一員として立ちあって40年余、今日では界隈の多くの人々が観賞に出向いています。感慨深いものを感じます。

 

=== 余 談 ===

 コメの値段が高騰しているというニュース。おかしいと思うのは小輩だけだろうか?

そもそも、ここ数年日本のコメ収穫量に何か変化があっただろうか。例えば干ばつでコメが取れなかったとか。消費が特段著しく増加したとか、そんなこと聞いたことがない。とすれば

誰かが、何処かで何おかいたしているに違いないと思わざるえまい。それは誰だ?

 とにかく日本の農政には何かおかしいところを感じてならない。備蓄米を放出したというが

米価は下がるどころかまだ高騰が続ている。変、変、変・・・・