名前はミー | 一言の記

一言の記

日常の中にある些細な出来事を
惚けた老人の目で見た独り言をつづります

 漱石の猫は名前は無かった。我が家の猫はミーちゃん。

平成3年7月から15年11月まで我が家の一員として12年余生活を共に・・・。来た当初は5人家族だった。5年の夏小輩の母が他界。7年に長女が結婚、8年には長男が入隊と5年の内に妻と二人の生活になった。そんな時に良い相棒だった。

妻が風呂からあがってくるのを台所で居眠りをしながら待っているのが常だった。

 今日28日はミーさんの命日。

       

 この日仕入れから帰ったとき、力なく妻に抱かれていた。そして

 「今日はすごかったのょ!」と言う

 「どうかしたの?」

 「殆ど動けなかったのに朝店の土間に歩いて行って、外に向かってシャキッとした姿を見せて く れた」と   

 午後注文の花束造りをしている時、入口付近に居てガラス越しにあたかも仕事を見ているよう    

 ないでたちだった。もしかして、最後の別れを言っていたのだろうか?そんな気がする。

仕事を終えて居間に上がって、こたつに入った小輩は、そこに既に息の絶えたミーと体面することとなりました。

 色々な記憶、思い出がよみがえりました。一番は火災時のこと。そしてこんなことも

        

誰とでも会話?意思疎通の出来た猫だったのだろうか。思えば涙が出る。

 

 凛として静かに逝きし秋の暮       旅人