■源氏と平氏
有名な源平合戦では
源頼朝が平家を滅ぼして鎌倉幕府を開きました。
このときの合戦で「源」は源氏を表しますが
「平」は平氏では無く平家と呼ばれます。
とても不思議に思い調べてみました。
源平合戦で外せないのは北条氏の存在です。
源頼朝が兵を集められたのも、奥さんの実家である
北条氏の力が少なからず影響していると言われております。
この北条氏は後の北条早雲から始まる後北条氏と区別され
執権北条氏と呼ばれます。
この執権北条氏は桓武平氏をルーツとしていることから
源側にも平氏の存在があったようです。
平家と言うのは伊勢平氏のことを指すようで、
平清盛はこの伊勢平氏の流れをくむ人だったので、
平清盛の一族を平家と呼ぶようです。
つまり源平合戦は
源氏平氏連合軍と平家の戦いだったようです。
とは言え平家に加わった源氏もいたとされていますので、
後世の都合上、執権北条氏等にはばかって
平家としたのかも知れませんが、
想像の域を脱しません。
それはそれとして、
藤原氏が近衛家、九条家のように
分かれているのと同様に源氏と平氏も
それぞれの家に分かれていたようです。
その中でも源頼朝の系統を源家と呼ぶようです。
結果的に平家も源家も滅びてしまいますが、
その両方を滅ぼしたのが執権北条氏であったことに
歴史の皮肉を感じます。