■旅行

 現代でも旅行者が増加するために重要なこととして、

交通の便の良さと治安があげられますが、

恐らくこの時代も同様のことが言いると思われます。

 江戸時代にはかなりの旅行者がいたことから

この時代には東海道の交通の便と

治安が良かったのかと思われます。


 戦国時代には落ち武者狩りなどのように、

武装した地域の人たちが落ち武者を打ち取り、

武具を売ってお金にしたり、

村が襲われないように自衛していたようです。

明智光秀も本能寺の変で信長をうち滅ぼした後、

秀吉と雌雄を決した山崎合戦に敗れた後、

落ち武者狩りにあったとも言われています。


 このとき徳川家康も伊賀越えをしますが、

徳川家康ほどの人でもこれが大変だったことから、

当時の治安の悪さが伺えます。

もちろん、今の滋賀県などを通る道であれば

織田信長の領土であることから、

ある程度の治安は維持されていたことでしょうが、

伊賀越えのような権力の空白地域では

そうはいかなかったのかと思われます。


 話の落とし所としては

その戦国時代と江戸時代の間で

豊臣秀吉による天下統一と刀狩により、

大方の武器を取り上げたことで、

ある程度の治安が維持されることになり、

江戸時代に徳川家康がそれを継承したことが

少し影響しているのかも知れないなぁ、

と想像していました。

もちろん、全て回収されたわけではないですが、

回収されなかった刀なども、

基本的に争いなどに使用されることは少なかったようです。

そして、参勤交代が行われたことにより

交通の便が良くなり、宿場も増えたであろうことも

大きく影響しているかと思います。


 刀狩と言えば、

回収した刀は方広寺の大仏殿の材料にすると

言われていたようですが、

鋼で出来た刀をどのように再利用したのか

少し不思議に感じる部分もあって面白いです。