■加藤清正
朝鮮出兵の際に先陣争いをしたのが
加藤清正と小西行長だったと言います。
その中でも加藤清正の働きがすごかったようですが、
この加藤清正は何やら不思議な動きをしています。
どうも、朝鮮に肩入れするようなことを
行っていた節もあるようです。
秀吉は2度にわたり朝鮮出兵をしているのですが、
最初に朝鮮出兵をした際には朝鮮に旧式の鉄砲しか無く、
秀吉軍が持っていた鉄砲の威力に敗戦一方でした。
しかし、2度目に朝鮮出兵をした際には
すでに朝鮮軍も新型の鉄砲を所有しておりました。
さらに、日本では半世紀かけて培った鉄砲戦術も活用していたため、
非常に苦戦したようです。
なぜそのようなことが起こったかと言うと、
どうも、日本から朝鮮軍に降伏した武将がおり、
それが、加藤清正軍の武将だったのではないかと言われています。
この武将はさらに加藤清正の家老級の人物で、
どうも加藤清正の命を受けて降ったのではないかと
言われているようです。
この武将はその後の朝鮮でとても高待遇を受け、
明治以降の日韓併合の際に、
その末裔がいたことが分かったそうですので、
かなりの高待遇であったと考えられます。
これらの行動の裏には加藤清正だけではなく、
秀吉の存在も見え隠れする部分があり、
他のエピソードにそれが表れていそうなものがあります。
そのあたりの話も次の機会にでもと思います。
この話も軽くながす程度に読んでもらえたらと思います。