■織田信長

 私の好きな人物の一人です。

信長と言えば本能寺の変で明智光秀によって滅ぼされましたが、

なぜ信長が京都にいたのかと言うことに興味を持ちました。


 どうも、信長は天皇に会うためにいたようです。

余談ですが、当時やそのもっと前は天皇のことを

天子様とか天長様と呼んでいたりもしたそうです。

もののけ姫では、「天長様の命令で」みたいな台詞がありましたが、

坂上田村麻呂が東北を征伐に行った時代の頃かなぁと想像していました。


 それはさておき、ある公家の日記によると

信長は三つの位のどれかを朝廷からもらうために上洛したそうです。

その三つの位とは、「征夷大将軍」、「関白」、「太政大臣」とのことでした。


 その公家の日記によると、調停は信長に三つの位のどれかをあげるつもりだと、

書いていたようです。

そこまでなら、何の変哲もない話だったのですが、

あるおばさんが、古い日記を読むサークルのメンバーで、

たまたま、その公家の日記を読んでいたのですが、

信長の三つの位のくだりで、何か違和感を感じる空白を見つけたそうでした。


 当時は文字を墨で書いているため、

文字を消すために、そのような空白があるのも不思議では無かったようです。


 しかし、そのおばさんはその公家の日記を最初から読み続けていたので、

その公家の書き方を熟知しており、

そのような空白に違和感を感じたようです。

そして、その公家の日記を保存している図書館に行き、

実物を見せてもらったところ、

そこには薄い文字があったそうです。


 その字を入れて文章を読むと、

朝廷が信長に三つの位のどれかを勧めていたのではなく、

信長から朝廷に三つの位のうちのどれかを

要求をしていたことがわかったのでした。

また、それは京都に行き、天皇と会った時に

どのくらいが欲しいかを言うとの内容だったそうです。

 これは非常に興味深く、

信長と言えば、古くからのしきたりや、

位などと言ったものは否定的にとらえていたのかと

思っていた私は、ある種の人間らしさを感じてしまいました。

そして、信長は三つの位のうちのどれを要求しようと思っていたのか

想像が膨らみます。


 こういった類の話は信憑性と言う面に関しては

賛否両論あると思いますが、

いろいろな想像をして楽しむ分にはありかと思っています。



 かるくながす程度に読んでいただければと思います。