決まった席に、決まった時間に着席する。
席は指定席の様に決まっているわけではないが、いつの間にか、固定されてしまっている。
これは工場内での食堂の話だ。
私たちライン工は、毎日何を食べようか、考えられるような環境にない。
丸の内のOLさんが、財布を小脇に挟んで、あれにしょうこれにしようという話は皆無だ。
いかに、エネルギーを吸収して、自分の時間を増やすかが、各自の工夫のうえになりたっている。
だから、毎日どこに座ろうかと考えるような事に余計な時間はかけない。
隣に嫌いな人がいたり、誰が座っていようが、関係ない。
最初に座った席が、自分の席となる。
食堂では、男はだれもしゃべらない。
目の前にある、食事をただ淡々と進めるだけだ。
ほかの休憩の時間は、あれだけしゃべるのに、なぜかごはん時は、しゃべらない。
私が、最初この光景を、見たときあまりに異様な光景に、食器を落としてしまった。
ガッシャーン。。。。。。
食堂には、60人前後いたのだろうか。
だれもしゃべらない為、無人の部屋の様に静まり返っているために、食器の音が響き渡る。
端っこや、前後左右すべての顔が一気に回り、私の音の方へ視線が注がれた。
それはとても怖く、もう二度と経験したくない光景として、わたしの初期の苦い記憶だ。
今では、すっかりその環境になれて、無言の食堂に同化している。
競っているわけではないが、誰もが、早食いであり、取り残されまいと早いペースに
なる。
〈おかしい。食が進まない。〉
〈本来ならもうとっくに食べ終わっているはずなのに、半分以上残っている〉
早く食堂からでないと、一人に取り残されてしまう。それにはかなり抵抗がある。
私はいつも、食堂では、ポーカーフェイスを崩さず、3番目くらいには、退出しているのに
もう、半分以上退出している。
なぜか焦りを感じ、きょろきょろし始めてしまった。
いつもと違う行動は、工場内では、ご法度だ。
閉鎖的な工場民は、そういったことに対する、免疫がない。
私のそわそわの症状はすぐに、周りに伝染した。
隣には座っているが、名前も知らなければ、どの担当をやっているかも知らない、小柄な、ロン毛おじさんにもそのきょろきょろが移ってしまった。
まずい、このロン毛は、メンタルが弱いらしい。
すっかり箸が止まってしまった。
しかも、口に入っている、おかずを先に呑み込んでしまった後、白飯がたくさん残っている状態で
箸が止まってしまった。
この後、万が一、ペースを取り戻したあと、おかずがまったくない状態で、どうやって白飯に挑むのか?
この際、このロン毛のこの後は、考えないようにしよう。
心の中では、きちんと謝っているが、ここでまた、本人に、ごめんなんて言ったら、どんな症状が発生するかわからない。 伸ばしに伸ばしたロン毛は、弱いメンタルを隠すためなのか。
混乱はまだ続く。
私の右前に座っている、タニタさんにまで伝染してしまった。
本名は例外にもれず、知らないのだが、軽量を担当している、女性服をこよなく愛する小さな巨人だ。
ずっと、軽量を行っているうちに、100グラムを、測らなくてもわかるようになったと、見たくもないのに
何度も見せてくるめんどくさい人だ。
そのくせ、その成功率は、2割程度ときている。
タニタさんが、不調の時は、ほんとに、地獄だ。
何度も何度も、やり直しに付き合わされる。
そりゃー何度もやってれば、そのうち、うまくいくでしょと、思っても口には絶対出さない。
なぜなら、タニタさんが不調の際、いかに難しいか、体験させるために、私にやらせたら、
ぴったり100グラムを図ることができたとき、
生涯きいた事ないくらいの低い声で
〈二度と俺の前でやるな!!〉
と強い口調で言われたからだ。
恐怖もあるが、そもそもあんたがやれといったからやっただけで、やりたいとは一度も思ったことがない。
タニタさんの由来は、測りのトップメーカーのタニタからきている。
トップメーカーのタニタさんは、超一流だが、
うちのタニタさんは、オリジナルの足元にも及ばない。
本人の憧れからか、強い要望と強制から、タニタさんと呼ぶようになった。