“哀しみのマクドナルド”の記事を書いてから、
5年の月日が過ぎたのね。
このマクドナルドの場所から今は引っ越してしまったので、
今はそのマクドナルドを見ることは、
最近ではなくなってしまった。
だけれども、
この時の親子喧嘩はまだ覚えているな。
そしてやっぱり“ごめんね”って今でも思う。
この頃の私はまだ心が安定していなくて、
前向きになったり、
不安定になったり。
母親の私がそうだったのだから、
まだ幼かった子どもはどれ程不安だっただろう...
そんなふうに思い返す。
そしてその時から5年が過ぎ、
今、そっと子どもと歩いてきた道を振り返ってみると、
5年間の中でいろいろなことがあった。
密度の濃い...濃ゆすぎる5年間。
だけれども、
子どもにとっての5年は、
大人の私よりも遥かに変化に富んでいたのかもしれない
子どもから青年に変わる時期であり、
体も心も考え方も大きく成長する時期だから。
その5年間を親子で試行錯誤しながら、
一緒に乗り越えてきた。
この記事の頃は、
子どもの成長を急がせていたかもしれない。
もうできるはず、なぜできない?
そんなふうに思う事も多かったのではないだろうかと今では思う。
私の心に余裕がない時期だったから、
子どものありのままの姿を楽しめなかったのだろう。
自分に起こった人生の災難に対して、
理論的に頭では理解していても
心がついていかない事ってあるからね。
気持ちが前に進む日があれば、
絶望して後退する日もあった。
母親がそんな状況であったら、
子どもだって不安になると今では分かるよ。
でもね、母親も生身の人間だから、
そんな時もあったのだ。
そんな失敗や修正を繰り返しながらの今だから、
今現在の生活を心から嬉しく思っている。
子どもの手を離さずに、
一緒にここまで来れてよかった...
そう心から安堵している。
そしてそれを、
子どもも同じように感じているのが分かるから、
更に毎日が愛おしいのだろう。
あの5年前から見た現在の状況は
当たり未来の姿ではなく、
日々の積み重ねの結果辿り着いた今であるから。
当然ながらここまで来れない事もあった事を考えると、
子どもと自分の頑張りを褒めてあげたい気持ちと、
多くのことに感謝の気持ちが湧いてくる。