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札幌 東洋伝承エステ ユルミント
いまむらまどかです。
前回の話はこちら
私のマインドブロックの話もでてきます。
もし同じようにつらい状態の人がいたら
どうか自分の気持ちや体を大切にしてほしいと
思います。
そして変わることもできるというのを
忘れないでほしいです。
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強制終了の出来事とは???
まず、母娘の関係
母と私は不仲でした。
すごく不仲ではないですが
会っても話す事も特になく
考え方も違ったので
お互いに2人きりになるのを
避けていたかもしれません。
よく「何を考えているかわからない」とか
「可愛くない性格」と言われていました。
なんかイラッとする言葉や行動をしてくるので母に対して私はキツかったと思います。
弟たちと比べて
私は素直じゃなかったので
仕方がないのかもしれませんが
母は私の事が好きじゃないんだろうな
とずっと思っていました。
というのも
私の話は聞いてもらえない
否定される
信じてもらえない
という幼少期からのブロックが
あったので(この時はまだ気づいていない)
そのまま大きくなってしまった
という感じです。
祖母だけが私の話をいつも聞いてくれる
私にとって大きな存在でした。
こんな感じで育ったので用事がある時以外は
かかってこないし
こちらからもかけませんでした。
そんな親子関係がずっと続くと思っていました。
それは突然の事でした。
久々に母から電話。
めんどくさいな…と思いながら
仕方なく出ました。
出たらいつもの様に明るい声で
「ごめんねー、お母さん癌になっちゃったみたいなの。」
………
え?癌??
何ガン?
弟が母と一緒にいたらしく
電話変わりました。
私「癌ってどーゆーこと??」
弟「肺癌だって。ステージⅣ」
私「………ステージⅣって良いの?悪いの?」
そんなレベルの知識しかありませんでした。
まさか親がガンになるなんて
想像もしていませんでした。
電話を切ったあと
そこからものすごい勢いで調べました。
ステージⅣって
末期じゃん……。
頭が真っ白になり
「死」
という文字が頭をよぎった。
どうしよう…
その日から私は癌について
ものすごく調べました。
肺癌とは?
というところから
治療法、治った人の本、民間療法、どこの病院が良いのか、名医はいるのか…
本を買いあさり、暇さえあればネット検索。
弟たちも同じように調べていて
あれがいいのでは?
これがいいのでは?
と必死でした。
どうしていいかわからないもどかしさや
不安から苛立ち
ぶつかる事もありました。
年に1、2回しか
実家に帰らなかった私が
こまめに帰るようになりました。
兄弟ともほとんど連絡をとったりしなかったのに
毎日のように情報交換。
とは言っても仕事がありましたし、
札幌⇔釧路の交通費も
安いものではなかったので
多くても月1回が限界です。
その時情報として
ステージⅣ=死
ではないという事や治った人がいる
というのを読んでいたので
母も癌とはいっても
治るのではないか
という希望があったので
そこまで帰らなくても大丈夫かな。
なんて心のどこかで思っていたように思います。
この事実を受け入れたくない。
母を不安にさせてはいけない。
最善の方法を選びたい。
でも引っかかることが1つ。
母は以前違う病気で
定期的に全部検査をしていたのです。
癌が見つかる1ヶ月前にも検査をこの病院でやっていたのに
その時は「異常ナシ」
もちろん肺のレントゲンもとっていました。
1ヶ月後咳が止まらず検査をしたら
「末期の肺癌」
そんな事ってある??
1ヶ月でそんなに進行するの??
病院、医師に対し不信感が募ります。
とりあえずそのまま入院して
肺の水を抜きました。
抗がん剤治療をやるなら早く始めた方がいい。
どうするか決めて欲しい。
そして薬を使うにしても
弱いのにするのか、強いのにするのかも
決めて欲しいと。
そして母本人にいつまで生きたいかと聞いたそうです。
驚きました。
祖母も同じ医師にお世話になっていて
その頃からの付き合いなので
慣れみたいなのはあったのかもしれません。
話の流れだったのかもしれません。
だけど、
それは言ってはいけないと思いました。
抗がん剤は始めたら途中でやめれない
と聞いていたので
早くした方がいいのはわかるけど
待ってもらいました。
一度家族全員で担当医の話を聞いて
納得した上でじゃないと出来ない。
不信感だらけでした。
医師からの説明は
1ヶ月前のレントゲンには無かったか
うつらないところにあったのかもしれない。
今回レントゲンとったら影があったと。
素人ではレントゲン見ても全然わかりません。
だけどこの医者に任せるのは嫌だと思いました。
歯切れが悪く
ちょっと無責任な感じがしたのです。
自分のミスではない
という事をすごく言っているように感じました。
きっと母の事と言うより、自分が責められないようにという事しか考えてないんだろうな。
伝わってきました。
全員、セカンドオピニオンか転院した方が良いと感じていたようです。
でも母だけは
ここでいいよ。
先生にはお世話になってるし、悪いしょ。
慣れてるから話しやすいし。と。
いや、このままこの病院に任せていたら殺されるよ?
母の意見はソッコー却下。笑
他で診てもらって同じ診断と方針だったら
このままこの病院でも良いという事にしました。
次の日、有名だという病院にセカンドオピニオンを受けに行きました。
が、紹介状がないとダメなんですね
知らなくて…
もうすでに診断されてからけっこう日にちが経っていたし、母もツラそうにしてるので焦る焦る。
次の日、元の病院に戻り看護師さんに恐る恐る伺ってみるとあっさり
「いいですよ!先生に言っておきますね〜!」
と言われて拍子抜け…
もっと早く言えば良かった

そして数日後やっと他の病院に予約が取れ
診察してもらいました。
やはり肺癌ステージⅣ
これは変わりませんでした…
だけど、担当医の説明の仕方が全然違う!
分かりやすいし丁寧。
治療方針も違いました。
病院や担当医によってこんなにも違うものかとすごく思いました。
母も納得したようだったので
そのまま入院させてもらう事になりました。
やっと治療スタートです!
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