『竹取物語』を読んで | ひだまり 日常生活

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先日初めて『竹取物語』を読んで、誰もが知っている昔話の「かぐや姫」とは随分違うと思いました。その感想を自作の歌を交えて思うままに書いてみたいと思います。ちなみに声にするときは竹取ノ物語(たけとりのものがたり)と田中大秀の『竹取翁物語解』にあります。




〽かぐや姫 汝(なれ)こそ心を見せ給へ ゆかしきものは ありもせぬもの

かぐや姫は求婚者の心を知る為に無理難題を提示します。そのひとつに「仏の御石の鉢」があり、これは釈迦が成道したとき四天王が鉢を奉ると、釈迦は自らに相応しい器は石の碗であると重ねてひとつの鉢にしたものだと伝えられているものです。石作(いしつくり)の皇子はそれを持って来るようにいわれるのですが、彼は、はなからそのようなものはない、たとえ存在しても手に入らないとわかっていたので偽物を持って来たのだと思います。

また、庫持(くらもち)の皇子は蓬莱山にある根が銀(しろがね)で茎が黄金(こがね)で白い珠をつけた枝を持って来るようにいわれます。しかし彼もそのようなものは唐国の作り話だと思っていたので職人に偽物を作らせたのでしょう。

阿部御主人(あべのみうし)が要求され大金をはたいて購入した火鼠の皮衣は火に焼けないはずが、あっけなくかぐや姫に焼かれてしまいました。これらの話からいかに唐国にはまことしやかな作りごとが多いかということが察せられます。






〽伴に月へと 泣き伏す翁 その心こそ 実(まこと)のこころ

以下はかぐや姫が月へ帰るときの翁の台詞です。

「何しに、悲しきに、見送り奉らむ。われを、いかにせよとて、捨てては昇り給ふぞ。具して率ておはせぬ」

なんと、手放しで泣いていることでしょう。
私の記憶の昔話とはまるで違う竹取の翁。この場面が私は一番印象的でした。

この岡の向こうに竹取の翁がいました。
その昔、三吉郷(さんきごう)と呼ばれていたそうです。
※舞台の地は諸説あります。



「今は昔、竹取の翁といふ者ありけり。野山にまじりて竹をとりつつ、よろづの事につかひけり。名をば讃岐(さぬき)の造(みやつこ)となむいひける。……」

朝日の昇るころ岡の向こうから、今にも翁の竹を取る音が聞こえてくるようです。