今月の初め、雨上がりの朝に青垣の山を眺めていると低い山に雲がかかっていました。珍しいなあ、こんなに低い山に雲がたなびくこともあるのかと不思議に思いました。
この辺りは六月十日頃が田植えの時期で、今はちょうど方々の水田に水がはられ苗が植えられたばかりです。おそらくその雲は田畑や草木の水分が蒸発し、様々な気象条件が重なって出来るのでしょう。雲はふわふわとしてまるで繭をほぐした綿のようでした。
現在私は通っている施設で蚕を育てています。蚕はお蚕さんと呼ばれて大切に扱われています。芥子粒ほどの小さな卵から何度も脱皮をして今は半数近く繭になってきました。桑の葉を採りに行ったり、その葉を拭いてお蚕さんにあげたり糞の掃除をしたりと大忙しです。また、昨年の繭を紙漉きして絹の紙を作ったり、職員さんが繭から作った真綿を見たりしているので、低い雲を見るとすぐに繭や真綿を連想したのだと思います。
はるすぎて なつきたるらし しろたへの
ころもほしたる あめのかぐやま
(巻一-28)
この衣は諸人が干している衣というのが通説かもしれませんが、私は絹の神衣(かむみそ)ではないかと想像しました。神衣とは天照大御神に奉る衣服で、実際に干されていたかはわかりませんが持統天皇が天香具山の雲を御覧になり、絹の神衣のようだと感じられたかもしれないと思ったのです。
ここで古代の布について整理してみたいと思います。
○荒妙(あらたへ)・和妙(にきたへ・にぎたへ)
荒妙とは麻を原料にして作られた布。緑または青みがかっている。
和妙とは栲(たく)や穀(かぢ)など楮(こうぞ)類から作られた白く柔らかい布。または柔らかい布の総称で絹布も含む。
▽木綿(ゆふ)は楮から作る繊維。
※穀(かぢ)と楮(こうぞ)は木は別だが文字は通用。
○文布(しつ)=倭文(しつ)は麻や楮などの繊維で織った布。紋様が出来るので「文」の字を用いる。日本古来のもの。
○絹は秦氏(はだうぢ)と関係が深く、秦の名は秦氏が貢れる絹・綿が肌膚に軟らかであるから秦の字を波陀(はだ)と謂うと、『古語拾遺』にある。
以上のことを考え合わせると、白妙は絹の可能性もありますが、栲や穀から作る和衣(にきたへ・にぎたへ)、木綿(ゆふ)から出来た布、もしくは日本古来の文布(しつ)、または特定の布ではなく漠然と白い布などいろいろな解釈が出来ます。私自身は絹かもしれないと考えるのですが、白妙がどのような布だったとしてもこの御製は土地を褒め称える国ぼめの歌だと思います。これから田植えをして稲が立派に育ちますようにと、持統天皇がお詠みになられたと思うのです。そして、それは遠い神代の天照大御神が天の岩屋戸からお出ましになられた場面とも重なります。
「…天の香山の天のははかをとりて、うらへまかなはしめて、天の香山のいほつまさかきを、根こじにこじて、上枝に、やさかのまがたまの、いほつのみすまるの玉をとりつけ、中つ枝に、やたのかゞみをとりかけ、下枝に、しらにぎて青にぎてをとりしでて…」
『神代正語』(古事記)
いろいろ思いをめぐらすうちに白妙が何であったかというよりも、それを考えて古のこころに近づくことが大切なのかなと思いました。
はるすぎて なつきたるらし しろたへの
ころもほしたる あめのかぐやま