平城の都を 思ほすや君
ふじなみの はなはさかりに なりにけり
ならのみやこを おもほすやきみ
大伴四縄 (巻三-330)
この歌は藤の花咲く平城京のほのぼのとした美しい情景なのですが、この歌にこたえるように詠まれている大伴旅人の歌を考えると、この藤波は藤原氏を意味しているようにも解釈出来ます。

わが盛り またをちめやも ほとほとに
平城の都を 見ずかなりなむ
大伴旅人 (巻三-331)
わが命も 常にあらぬか 昔見し
象の小川を 行きて見むため
大伴旅人 (巻三-332)
※象の小川(きさのおがわ)
少し調べてみたのですが、そのようなことは書かれてなかったので、藤波を安易に藤原氏と結びつけてはよくないのかもしれません。
藤波の 影成す海の 底清み
沈く石をも 珠とそ我が見る
大伴家持 (巻十九-4199)
この大伴家持の歌はじつに美しく、本来余計な歴史的解釈など必要ないのかもしれませんが、仮にこの藤波が藤原氏だと想定するならば、今は藤原氏の影になって勢力の衰えている大伴氏(家持自身)だけれども、海(湖)の底にある石かもしれないが、それは尊く美しい玉である、私はそう見る、という家持の切なさと同時に強い誇りが感じられるのです。これはあくまでも個人的な解釈です。
ふじなみの かげなすうみの そこきよみ
しづくいしをも たまとそあがみる