思えば父が亡くなってから人生が一気に動き出した。というよりも、今まで潜在化していたことが父の死をきっかけに表面に出現したといった方がよいだろう。今まで目を閉じてきたこと、先延ばしにしてきたことが、嫌でも目を開けて避けては通れない状況になったまでのことである。
その日の朝、不忍池には大きな蓮の花が咲いていた。花だけ見ていると、この世の光景とは思えない。上野恩賜公園。そこは私が想像していたよりも俗っぽかった。木陰に人が寝そべっているのを見ると、何か昭和と変わらない気さえした。一方、街のコンビニやホテルのフロントでは外国人就労者が目につき、彼らの流暢な日本語や接客レベルの高さに接すると、もう日本人の働く場がないようにさえ思えて、妙に焦りを感じた。
焼けつくような歩道橋を渡っていると、マルイの温度計は40.0℃を表示していた。もう、どこへも行く気力がなくなり、涼しさを求めて東京国立博物館に入った。その日特別展では縄文時代の土器や土偶が展示されていた。薄暗い照明に古代の人々の息づかいが聴こえるようであった。緻密な土器の模様をみると、どう考えても「私」のために作った物ではない、自分を越えた何かのために作ったとしか考えられない、そんな気がした。
あゝ、それに比べて、今の私は何て「私」にとらわれていることだろう。我欲というか、我執というか。
それを自覚しなければならない出来事が起きた。私は人を不愉快にさせてしまった。暑さで判断力が鈍っていたとか、タイミングが悪かったとかいうことは問題を表面に押し出したきっかけに過ぎない。その本質、根底に横たわるのは、私の、まぁ、いいだろう、これくらい大丈夫だろうという、人を軽んじた気持ちがあったからだ。
本心というものは、いくら隠そうと思っても、いつか表面に出てしまう。
心と行為と言葉は一致したものだというが、全くその通りだと思った。いくら言葉を飾っても、行動を誤魔化しても、本当の心は何かの拍子に顕れてしまう。
私は露呈した本心を取り繕う暇もなかった。
もう、取り繕ったところで、どうにかなるものでもなかった。