人物伝(2) | ひだまり 日常生活

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日記を書くことで考えを整理したり、気づいたことを記しています

                

前述(人物伝)の“尊皇は明治維新の精神である”、このことは誰もが知り、また容易に想像も出来るが、これに続く“日本陸軍はこれを建軍の精神として”という箇所を読んで、私は何か頭の中の絡まった糸がほどけた気がした。そして、当時の意識を少しでも逸話からつかみたいと思う。

「・・九月十五日は、大帝の御遺骸を永遠に桃山に鎮座しませる日であった。幼年学校では全校生徒に対し、丸山教官殿の『明治大帝を偲び奉りて』と題する謹話と、樋口教官殿の『君に捧ぐるの命』という題目のもとに、乃木将軍の殉死についての講話が行われた。乃木将軍夫妻の殉死の状況を詳細にご覧になって来られた樋口教官の、二時間にわたる講話は、舌端火花を発する熱情と気概があった。われわれは悲哀と感激に興奮した。」※1

― 阿南の教え子 故野末氏の手記「阿南生徒監を憶う」―
しかし、野末氏はその日の日記に“講演拝聴”などと簡単に記してしまった。

「『感激あふるる講話を拝聴し、なんら所信の記述なし、子は日本人なりや』と(阿南生徒監から※3)書いて返された。・・・・『子は日本人なりや』の、この一言は骨身に徹してこたえた。・・・・日本人なりや、日本人としての責務を果たしているや否や、日本人としての矜持をたもっているや否や、このような反省をたえず繰り返してきた、・・」※2

※1=p.81 ※2=p.82 『阿南惟幾伝』より引用
※3=引用者補筆

つづく 予定