自我本位・自己本位 | ひだまり 日常生活

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日記を書くことで考えを整理したり、気づいたことを記しています

                

“自由”について調べていたとき、偶然、夏目漱石の『私の個人主義』を知って、読んでみたいと思ってから半年、いや1年ほどが過ぎました。
先日、ようやくその本を手に入れて少しずつ読みかけています。

実は、つい数日前に、私は友人に大変な無礼をして迷惑をかけてしまいました。
それというのは、先だってから私は自分が他人からどのように見られているか、気になって仕方なかったのです。
私はその友人が私をどう見ているのか、うがった見方をしているのではなかろうかと問い詰めたようになりました。
友人は怒りもせず、あきれもせず、ただただ誠実に受け応えをしてくれました。
そのおかげで、私は自分勝手な想像をしていたことが解って、なんとか落ち着きを取り戻したのです。

私は、もう自分というものがなく、他人の評価や見方が全て正しいような感覚になっていました。

そのような出来事があり、今しがた届いた本を読んでいると、西洋のことを何でも盲従したり、鵜呑みにする風潮を疑問に思う場面にさしかかりました。
そして、漱石自身も西洋盲従に悩んだ末、彼はあることを悟りました。

-抜粋-p.115

「私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってから大変強くなりました。彼ら何者ぞやと気慨が出ました。今まで茫然と自失していた私に、此所に立って、この道からこう行かなければならないと指図をしてくれたものは実にこの自我本位の四字なのであります。」

これを読んだとき、今この時期に私に提示されたような気さえして、いかに私が人の評価や見方に同意して他人本位だったのか改めて気づきました。


それで、今まで私はこの環境でこそ私自身だと思っておりましたけれど、これから先の人生がどのように変わろうとも、私は自己本位・自我本位の私、私自身なんだという思いがこころの内から湧いてきたのです。


-抜粋- p.116

「その時確かに握った自己が主で、他は賓であるという信念は、今日の私に非常の自信と安心を与えてくれました。」


私は、まだ、相手の立場になって考えることと他人本位を混同していて、他人本位が抜けきったわけではありません。
けれども、【自分の人生において自己が主で他は賓である】ということ、さらに友人の寛容さや温かさを思うと、少しずつではありますけれど、自己をしっかりと持った自分に変わっていけそうな気がするのです。

     
       ◇抜粋=漱石文明論集 三好行雄編 岩波文庫



※漱石のいうところの自己本位や個人主義とは 「これは利己主義とは異なり、自分の個性を発揮して自我を確立していく生き方であるが、真の個人主義とは、他人の個性の尊重、義務や責任の重視という倫理性を強くともなうものといっています。・・・」
括弧内引用=http://www.geocities.co.jp/HiTeens/8761/japan19.htm