大津事件の動機が気になったので、調べてみました。
・明治24年、日本を訪問中のロシア皇太子が警固の津田三蔵に切りつけられた事件
所説あるようです。
■世論に影響された潜在的な動機
一、ニコライ(ロシア皇太子)は偵察のために来た
一、ニコライは、まず、天皇に面会するのが筋である
一、不平等な条約を締結しておきながら国賓とはどういうことか
一、ニコライと一緒に死んだはずの西郷隆盛が帰ってくる
(西郷生存説)これにより勲章が剥奪される
■突発的なもの
一、西南戦争の記念碑にニコライが敬意を払わなかったことを
無礼と感じ、
一、ニコライを歓迎する花火の音とともに西南戦争の記憶が蘇った
どれくらいの人たち、どのような人たちが
西郷隆盛の生存説を信じていたのでしょうか?
西南の役に敗れて自決したのが、
明治10年、享年51歳。
事件より14年ほど前のことです。
また、明治22年には大赦により、朝敵の汚名を晴らし、
正三位が贈られています。
西郷隆盛生存説・・・・
また、気になることが出てきました。