Hallelujah!
ハレです。
私の脳内にて新聞号外「ドクター苫米地、神の存在を証明!」が街中を舞っています。
なぜ興奮しているのか。
その理由は、新しいT理論(『潜在ポテンシャル統一理論』)に関わる大きな報告が共有されていたからです。
本家まといのばブログで紹介されていた気功師内藤祐太さんによるGood News(Gospelの語源)です。
以下に引用します。
なんと一般にはまだ公開されていない、
「苫米地理論」の計13個の定理を公開されました!!!
どういうこと!?
(略)
ちなみに定理4以降は悪用リスクがあるということで、あまり公にすることは良しとしていないようでした⚠️
ただ、講演終盤で「これだけは話していい」と仰っていたことがありました!
むしろ広めて欲しいと。
それをそのまま伝えます!
それは、
「苫米地(博士)が神の存在を証明したぞ!」
です!
凄いインパクトのある一文です!!!
この結論に至るまでの、定理や新概念の導入と展開が本当にシンプルかつ鮮やかなものでした。
これは『苫米地英人、宇宙を語る』の本の内容を厳密に数理証明したものです。
(ないとうゆうたの気功教室 より引用)
ドクターの著書『苫米地英人、宇宙を語る』における神の定義を確認しておきます。
まず宇宙は、遠い未来の私たちが寂しいから作ったというのがT理論にあります。
今ある宇宙は、共通空間、あるいは公共空間としての宇宙だということです。
なぜ、宇宙が生まれたのか。寂しいからです。
(『苫米地英人、宇宙を語る』より)
そして、神とは、未来の自分たちを思い出しているということです。
では、もう一つ。神はだれがつくったのか。
それは記憶です。
一人ひとりが勝手につくり上げた宇宙なのですから全員が主人公、皆が全知全能でもあったわけです。
(略)
神というのは、未来の人類の記憶。そして、未来の自分たちを思い出しているだけなのです。
(同上より)
これは私見ですが、全知全能なアプリオリの神のイメージ、完全情報という概念は、「未来の自分の記憶」と共感覚的に似ているために歴史的に誤認識されていたのかなと思っています。
他の方とこの感覚が共有可能かは私自身も確認できてません。
この著書の中での神の定義と宇宙観について、最初から今のように読めていたわけではありません。
最初は違う受け取り方をしていました。
初めて『苫米地英人、宇宙を語る』を読んだのは3年程前だったかと思います。
衝撃を受けつつも、最初はオカルトかスピリチュアリズム的な議論なのかと捉えていました。
(理解するための私のIQや教養、『情報が先、物理が後』へのパラダイムシフトが足りていなかったからです)
その後、T理論(の内のサイバーホメオスタシス理論、超情報場理論)を学ぶ中で理解を進めていましたが、まだ自然言語での、文化・歴史依存の理解に頼っているところ(引っ張られているところ)があります。
しかし、『神の存在の数学的証明』がされたということは、
形式化による正確な理解(今までの勘違いや不理解への衝撃も込みで)と、
証明済みによる今以上の確信の強さが訪れるということです。
形式化ということは、自然言語に付くそれぞれの文化や歴史の文脈から離れられ、
形式化された理論の中で扱えるということは、議論の前提が揃うようになります。
過去の宗教間や宗派間の、そして宗教宇宙と内側と外側での解釈の違いから人類が解放されますね。
神についても整合性が高い統一理論でしょう。
あまりにも喜ばしいことです。
多くの人が癒され、救われることになります!
神と宇宙と美
私たちは、完全情報に憧れを持って部分情報で生きている、宇宙全体より小さな情報処理機関です。
宇宙の意図を、全て完璧に読み取ることは出来ません。
我々の内部表現が「世界」を生み出しているとして、そのような世界もしくは、宇宙は何故存在しているのかというご質問ですが、私自身は、宇宙はもともと情報(識)により存在しており、その情報の特定の状態が物質を生み出していると考えています。勿論、「なぜ」というのは、その宇宙としての情報処理機関の「意図」を解釈せよという命題ですから、はるかに微少な情報処理機関である私の脳には、それは処理不能な命題です。ただし、宇宙という情報処理機関に「意図」があるのかというご質問として再解釈すれば、答えは、T(イエス/はい)です。これは、宇宙がもともと情報からなりたっているという主張から必然的にそうならざるを得ません。
(略)
ところで、この波模様という情報になんらかの伝達者の「意図」があったといえるでしょうか? 通常は、自然が生み出した模様だから意図はないと考えます。私は、定義上、「意図があった」と考えるべきであると思っています。少なくとも、認識者の側から見ると、その解釈内容である「ここは海の底であった」という情報内容が、その認識者にとっての、その波模様という表現論的存在の意図となります。勿論、部分情報の世界で生きている我々人間にはあり得ないことですが、ある情報を、完璧に解釈に成功したと仮定すると、解釈者の意図(情報内容)は、伝達者の意図(情報内容)と合致するわけです。そうであれば、潜在的には、もしくは、可能性として、その波模様には意図があったことになります。同様に、宇宙という表現論的存在に、可能性として意図があり、また、宇宙のあらゆるところに、その意図が可能性として顕在化しているということになります。
(ドクター苫米地ブログ 『イエス・キリストを理解してない人たちへ、-(仏陀を理解していない人たちも)』 より)
私たちが観られるのは、この世界の隅々に落とされている影を通して開示される一部です。
Logos(言葉)が宇宙の果てまで貫いています。
ここで一度、イエスに引き寄せて言えば、
イエスは、人と人の間に現れる神、人と人の間にある神の国を観ました。
隣人愛の瞬間に永遠の命があると。
ちなみに、そうでない状態は神との交わりを断った地獄です。
すなわち人との繋がりを断って孤立している状態でもあります。
(キリスト教文脈では『罪』とも、慣用的な使い方での『エゴ』とも言い換えられると認識しています)
罪の状態にある生き方を、アウグスティヌスは生きる死者(living dead)と言いました。ゾンビです。
話を、部分情報として世界を観る私たちの位置に戻します。
私たちが観られるのはあまりにも部分であるが、それ自体が美しいものであり、そこから想像される更に大きな部分はどれだけの美しさなのでしょう。
まといのばで何度か引用されている、シュライヒの素敵な言葉があります。
「神は可能性のオルガンの前に座り、世界を作曲した。我々憐れな人間は、ただ人間の声のみを聴きとるのである。だがそれすら既に美しい。全体はいかに素晴らしいものであるだろうか」(シュライヒ)
(まといのばブログより)
共感覚的に味わいたい言葉です。
なぜ、私たちは部分しか知らないのに、より高次の構造(極限が仮想的な全体)を捉えて美を感じるのか。
日々の乱雑さの中に整合性(構造)をつくり上げて私たちに美しさを感じさせてくれるのは、抽象度の光です。
歩いていて、人と接していて、何気ない日常でも膝を折るほどの美しさの予感に出会うのは、情報をまとめ上げ引っ張り上げ構造化してくれる視点があるからです。
だから、絵画や音楽はもちろんのこと、抽象度をもった人の解説も、読んだ人のLUBを引き上げる力があり、美しさがあるアートなのでしょう。
ということを、ジャズピアニストでヒーラーのRisakiさんの記事とそれに対するまといのば先生の補足を読んでいて理解しました。
以下、該当箇所です。
Risakiさんの中に構造化された音楽の体系の視点から、「共感覚で読む(この場合はTCZの数学を読む)臨場感」が解説されています。美しさを感じます。
例えば、運転中に一方通行の標識を見たら、「ここは通れないんだな」と判断できたり。
音楽をやっていない方でも、歌っていて楽譜に「mp(メゾピアノ)」記号が書かれていたら、少し小さく歌うということを反射的にコントロールができると思います。
さてさて、もっとこの感覚を踏み込むと、
ジャズの即興で、CM7(ⅠM7)というコードを見たときに頭の中で使える音が展開されます。
ドミソシという構成音
親戚のコードEm7(ミソシレ)
テンションの9(レ)6・13(ラ)#11(ファ#)
アボイドノート(避ける音)は、11(ファ)
といった具合に、ひとつのコードに多くの情報が包摂されているのです。
これらを空間認知的に各々の楽器の感覚に結びつけることが多いです。
解説や説明もまたアートなのです。コピペでも、LLMでも無いのです。橋をかける行為なのです。
(まといのばブログより 引用者太字)
解説や説明もまたアートなのです。コピペでも、LLMでも無いのです。橋をかける行為なのです。
この高い抽象度を持つ新しいT理論TCZ(『潜在ポテンシャル統一理論』)が、ドクター御本人によってとてもわかりやすく解説されていたのが以下の動画です。
Cosmic Radio 5/21 OA 「運と気功について」
宇宙(情報宇宙。物理宇宙はその影)の仕組みとしてホメオスタシスがあり、気功はそのホメオスタシスに介入する技術であると話されています。バランス維持機構において、バランスを中心に戻す働きかけです。
物理で考えると太陽系の周回軌道です。
これはとてもイメージしやすく思います。
私の場合は動画を視聴後、サロンワークにおいても、クライアントの現在の周回軌道と、可能性として存在している未来の周回軌道が、共感覚的に意識に上がりやすくなりました。
バランスを中心に戻すのであれば、個人規模でなくより利他で他者を巻き込んだ、大きな周回軌道を設定したいものです。
私たちも自分のTCZという小さい軌道だけでなく、High Shared TCZへ、LUBの軌道へと乗っていきましょう。
個々人が分断された近代以降に失われているものですが、本来の、そして未来の人類『らしい』あり方というのが論文の帰結です。
LUB軌道へ乗っていくためには、
他者を説得する必要はなく、
自分を説得することもなく、
TCZ理論という龍脈を理解して実装することです。
私たちはLogos(言葉と論理)で出来ているので、理論が入れば変わっていきます。
自然と、自分がwant toを生きる人生を選択し、アトラクター盆地となることでしょう。
そこに他者も引き寄せられていくことになります。
することは、未来の自分たちの存在と祝祭を喜び、讃えることです。
泉から溢れる喜びの蜜を味わうことです。
ハレルヤ。天において主を賛美せよ。高い天で主を賛美せよ。
主の御名を賛美せよ。主の御名はひとり高く威光は天地に満ちている。
(詩篇148:1, 13)
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
Hare
ヒーラーフェス2026、もう土日に迫っています😳
推しのヒーラーを見つける最高の機会の一つです!
会場に参加者側でも多くのヒーラーが集います。(自分も31日に現地にいます)
TCZというあまりに大きなアトラクター盆地と、様々なヒーラーのアトラクター盆地に収束していきましょう。
↓申し込み
追記:NYからカンヌ!!
ニューヨークから今回はなんとカンヌ!!に直接飛んだKAZUMAさん
KAZUMA盆地(ベースン)がすごいことになっています。
要チェックです。
昇り龍と共にあり、一緒に自分のこととして喜び、同調しましょう!
私も、INORIとパーソナルセッションの密教的空間で得た臨場感が得難く有難いもので、
私の中のwant to Goalsとスパークしています。
追記:統一理論という言葉は2009年にも公開されていた
気功・ヒーリング界隈では多くの人が『潜在ポテンシャル統一理論』というビッグウェーブに乗っていますが、
『苫米地英人、宇宙を語る』で、既に「統一理論」という言葉にも触れられていたんですね。
昔の物理学でいう統一理論とは、四つのフォースをいかに統一するか。もしくは量子論と相対論をいかに統合するかという話でした。
(略)
自然科学という大きな枠組みの中で宇宙を解明していくということは、脳を解明することと同じになっていき、それは生命現象を解明することであり、また情報処理を解明することでもあるのです。
(略)
情報宇宙の理論と物理宇宙の理論を統合すること。イコール脳という世界と宇宙という世界を統合すること。それこそが統一理論です。
(『苫米地英人、宇宙を語る』より)
ドクターがずっと取り組まれていたということ、改めて認識します。
その宝が未来の人類に託すだけでなく、私たちにも開示されたことが有難いことです。
(ガウスやニュートンが同時代人に期待せず、成果を公開する気がなかったエピソードが去来します)
形式化でないと観えない景色(「博士の伝えたいことを純粋に受け取れる」by Ray先生)を観るため、
数式に取り組みつつ、
KAZUMAさんからマスタークラス、パーソナルセッションで共感覚的にこれからも伝授してもらうもので、自分の中に実装していきます。
実装しないと手渡せないので!
あ、Hareくんが再始動!
いや、再始動ではないですね、水面下では激しく動いていましたね!
そして、一真様が凱旋帰国!!
(まといのばブログより)
記事ランキング11位御礼
忘れられているかと思いましたが、
前回の久々の記事(♫「素敵なものを拾って喜んでいた」「必要としている人にあげる事にした」「たくさんの人が幸せそうに)を読んでくださった方も多く、11位いただきました!
おかげさまです。ありがとうございます!
下はRay先生による素敵なコラージュです。また顔を並べることができて光栄です!









