「フォーリーブス 青山孝氏肝がん闘病中」のニュースを耳にして。
今は自他共に認めるジャニーズ好きの私だが、一番最初にジャニーズに触れたのはもうかれこれ40年くらい前の事だ。
日曜夜の毎週見ていたなにかの番組の提供が「不二家」で、そのコマーシャルに「元祖 ジャニーズ」が出ていたのだ。
あおい輝彦はクリクリの眼をしたかわいいお兄さんだった。私と同じ苗字のメンバーもいたりして、いつのまにか番組自体よりそのコマーシャルの方が楽しみになっていた。
なんでも草野球チームの名前がジャニーズで、そのグループの為に事務所作ったとか聞いたような聞かないような・・。
その後気がついたらいなくなってて、あおい輝彦だけが一人でTVに出るようになっていた。
で、しばらくして現れたのが「フォーリーブス」。この人たちの人気は凄かった。その後別格の郷ひろみが現れるまでこの人たちだけでジャニーズしょってたような。
仲良しグループの中の一人がこの「青山孝」の大大大ファンで、ファンクラブにも入ったりしてた。
彼女がせっせとハガキを出して当てた「紅白歌のベストテン」を渋谷公会堂まで小学生だったのに友達だけで夜見に行ったりもした。もちろん「フォーリーブス」を目当てに。
意味もなく毎週毎週「○組 優勝!!」などとくす玉割ってた羞恥心も真っ青なおバカな演出の番組だった。
私はちっともファンじゃなかったのだけど、結構友達に誘われるまま色んな歌手のイベントを見に行ったものだ。
浅草ヨーロー堂に「ピンキーとキラーズ」、後楽園プールに「城みちる」、どこかの屋上に「リンリンランラン」。
どう思い出しても好きだった記憶はないのだが、子供のころからあまり「自分」というものがなくて、調子が良くてミーハーだったのだ。私は昔から「私」だったのね。今もあんまり変わらないもん。
「青山孝 結婚」という噂が流れたとき、なんとその友人のところにはファンクラブ事務局から直接電話が掛って来たというのだ。
「本人からご報告があります。いらっしゃって頂けますか」と。
今だったら到底考えられない。キムタクが結婚するからといってあの「ジャニーズ事務所」からファン一人一人に電話が来るとは。
「ナベプロ」が圧倒的勢力だった時代で、「ジャニーズ」なんていうのはまだまだ一部のファンがいるのみ。弱小プロダクションだったのだ。
郷ひろみは現われていたものの、その後デビューしたのはジャニーズJr.スペシャル、豊川譲、川崎麻世と若干パンチに欠ける面々だったし。
そして彼女は花束を持ってまるで恋人に別れを告げるような表情でその「報告会」とやらに出掛けて行った。
翌日学校で泣いてたな。みんなで慰めたっけ。「若い」というより「幼い」年頃だったのだ。
そしてほどなくしてフォーリーブスは解散。お次のたのきんトリオが出てくるのはまだずっと後の話。私もジャニーズとは縁もゆかりも無くなっていく。
私も友人たちももうアイドルの握手会などには行かないお年頃になっていったのだ。
その後はディスコブームなどもあって洋楽一辺倒になった私。世の中もそんな感じだった。「ベストヒットUSA」が海外のPVを紹介してくれた。毎週土曜日深夜が楽しみだった。
友人には「昔は海外モノしか聞かなかったのにぃ」などとカッコつけて言ってるものの、よくよく思い返してみれば、なんだ結局元に戻っただけじゃん。
人間年取ると子供に戻ると言うけれど、ほんと当たってる。
ワイドショーによると彼の病状は非常に厳しいらしい。あの奥様ともとっくに別れたみたいだし。
あの友人はこのニュースを聞いて子ども時代の自分を思い出したかしら?もう会うこともない友達だけど。
私でさえこんなに覚えてるんだから忘れてるはずないよね。
3月活動停止までまだコンサートがあって、青山孝さんは病院から出演するらしい。
もちろん私は行く気など全くないのだけれど、もしもあの友人が目の前に現れて
「コンサート行こうよぉ。付き合ってよ」なんて言ったとしたら、「ほいよ!」とあっさりついて行ったような気がするのだ。私のことだから。