ちゃちょのブログ

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実践している健康のことや近況

うさぎこんにちは。ようこそ、ちゃちょのブログへ

脂肪肝を撃退すべく、去年6月末に始めた、朝4時起きの朝ラン風景と、日々の暮らしで感じたことを、今月も少しだけ記しておきます。

 

赤太字は、各HPまたは詳しいページにリンクしています。

 

うさぎ7月の気象と季節の入口

7月は、静かな雨に包まれた6月後半から一転し、梅雨明けの20日を境に、練馬にも容赦ない真夏日が押し寄せました。5日連続の猛暑日は、身体の芯にまで熱を残し、朝の空気の質さえ変えてしまいます。

 

7月31日は、連続で熱帯夜+猛暑日でした。最低26.6℃で熱帯夜12日目、最高36.6℃で猛暑日11日目でした。月末2日間とも、練馬は東京一に暑い地点でした。土日も続きます。

 

東海や西日本は、続く猛暑に警戒して下さい。北陸や東北は、夏本番の兆しです。

 

6月下旬は去年ほど暑くはありませんでした。

 

降雨量は、平年の1.5~2倍。地盤が緩んでいます。

 

東京は新暦採用でビジネス優先ですから、7月15日がお盆で暑い日でした。

 

そして20日に梅雨明けが発表されました。

 

同時に日本全国で40℃以上の酷暑日が5日間、続きました。

 

名古屋中心の酷暑です。

 

都内では、熱中症搬送が78人。

 

太平洋高気圧の上にチベット高気圧が重なったためです。

 

1月の島根、4月の三陸沖に続き、7月には熊本で震度7が発生しました。

2026年は強い地震が散発的に続いた一年となっています。

 

熊本は、イオンモールが爆発しました。避難所のエアコン設置率が20%で、

熱中症が心配です。ガソリンも目詰まりを起こしています。

 

高市内閣の支持率が夏に10ポイント低下しました。物価対策より、国会終盤に皇室典範や副首都構想を強引に進めたためと思われます。それでも内閣発足から9か月経って50%を超えているのは、小泉・安倍・岸田以来です。小泉型の若者による人柄支持が基盤でしょう。

 

2年限定の食品消費税1%表明は、社会保障財源確保の放棄とも受け取れ、もろ刃の刃です。

 

6月30日の夏越の祓に、ういろう生地に大納言小豆をのせた水無月(みなづき)は、食べましたか。和三盆糖のやさしい甘さで、次の半年をまた新たな気持ちでスタートできます。小豆の赤色には邪気を払う力があるとされ、三角形の形は「氷室の氷」を表しています。

 

伝統的な和菓子には、それぞれ物語があります。

早稲田仲間・松野友美(38)さんの、鎌倉・茶の子(鎌倉市西鎌倉2-2-7)が最高。全国和菓子協会・優秀和菓子職に認定されています。日中、銀座・空也で働き、夜間、東京製菓学校で学びました。7月は季節の菓子として映日巣(イチジク)が、売られていました。1328円。生も半も焼きも、HPのオンラインショップで購入できます。頼んであげてね。おまけつきます。

 

地元の店で一番人気は、1本100円のだんごです。そういうお客様も大事にしています。

 

うさぎ朝ランの風景:川沿いの記憶と今の姿

 

生け垣外の落ち葉を素手で全部拾い、3時9分スタート。

 

熱帯夜なので、川沿いはまだ生温かい。

 

石神井川は、かつて単なる土手が続き、木の橋は洪水で流されました。

 

両脇の田んぼは突然入ってきたトラックの土砂で埋め立てられ、都営南田中団地が建ちました。

 

川の上の崖には牧場もありましたが、1970年、団地が並んだ直後になくなりました。

当時の写真を練馬わが町資料館で見ると、時代の流れが遊歩道から立ち上がってくるようです。

 

うさぎ豊島園駅の朝と、真夏日の東京の若者文化へ

折り返し地点の豊島園駅。ハリポタ仕様の赤いホームの前に新しい電光掲示板ができました。5:31始発です。都営大江戸線は5:04始発、西武池袋線練馬駅なら4:38。歩けば10分です。

 

2つの豊島園駅を結ぶ、ユナイテッドとしまえん裏手には深夜バーが5軒。

 

J-styleは、朝5時でも「ギンギラギンにさりげなく」を歌っていました。

 

若いカップルが、熱帯夜の涼を求めて駅前や練馬城址公園に10組ほど。熱帯夜になる前はゼロでした。

 

東京の猛暑日は、那覇より多い。那覇は四方を海に囲まれ、台風が多く、ヒートアイランドがなく、真夏日は多いが猛暑日は少ない。

 

1995年の米兵による事件も、深夜に子どもが外に出ていたことが背景にありました。

 

深夜徘徊の補導の多さなど、那覇の記憶が重なります。

 

うさぎ練馬城址公園の朝焼けと野鳥たち

朝焼けは今日も猛暑日を予感させる色。

 

川面に映り、カイツブリは朝食の魚を求めて潜ります。ずっと「コガモ」だと思っていました。「グエッ」「グェッグェッ」「ギュッ」という低い濁った声で冬から鳴きます。コガモは、「ピッ」「ピュッ」「ピュルル…」でした。頭の後ろの緑色もありません。

 

ムクドリは、ツツジの根元で、ミミズを探しています。

 

真冬から走っているのを、街路灯の上から観察していたのでしょうか、今では安心して、白いキジバトは遠くから飛んできて、小走りで近づきます。

 

そして、横を向いて、勇姿を見せます。

 

欄干に移って「じゃね」と飛んでいきます。

 

ベジふるセンターの裏手は人の気配があり、野鳥が安心して集まります。ひまわりがきれいに咲いています。

 

外には、オシロイバナも咲いてます。

 

帰り道には、きれいな色の芙蓉も咲いています。

 

団地の自由菜園にはアガパンサス。冬の寒い朝早くから、毎日、おじいさんがしゃがんで、雑草や小石を除いて、きれいにしています。

 

桜並木には外来害虫クビアカツヤカミキリが繁殖し、埼玉では大半の桜並木が伐採。 石神井川でも何本か伐採されました。季節の美しさと、静かな危機が同居しています。

 

うさぎ石神井川上流の歴史:下野谷遺跡から古代学説へ

西東京市には南関東最大級の縄文遺跡・下野谷遺跡。 石神井川は古代から生活の糧でした。

 

大祓詞に出てくる「大倭日高見国」は、縄文期の関東・東北にあったという説もあります。

伝説上のスパーヒーロー・ヤマトタケルノミコトは、東日本列島に古くから住む、縄文の血を残す先祖を、東征・統合していったのです。

 

縄文(紀元前14000~300年)人口の90%は東日本。縄文時代は、圧倒的に関東や東北が、近畿や九州より、人口が多いです。3~4世紀に、奈良の大和朝廷は、勢力が大きく拡大します。

 


天孫降臨(てんそんこうりん)は、関東から九州・大和のルートと見る説もあります。現代の日本人は、「縄文人」「弥生系渡来人」「古墳系渡来人」の3重構造のDNA解析であると、すでに分かっています。

 

ヤマトタケルの東征の物語は、西日本の新興勢力が、東日本の縄文の先住民族を統合・同化していった記憶なのかもしれません。ヤマトタケルの父、11代天皇時代は、完全な空想と複雑な事実を合体させた伝説が通説です。この時期の数代前後する天皇は、確かな歴史に変わる過渡期なのです。ヤマトタケルも実際は、複数の優秀な大和の皇族・武将たちでしょう。

 

東北の埴輪には巻き毛のユダヤ人を思わせる造形もあり、 「日の昇る国」を目指した部族がもっと過去に渡来して、すでに同化し住んでいた可能性も想像できます。西日本人に比べ、古くから列島にいた「縄文人」の遺伝的要素を濃く残しています。

 

うさぎこの夏に読んだ本・見た映画

青山美智子「木曜日にはココアを」「月曜の抹茶カフェ」。 短編集のようで連作長編。肩の荷を下ろしてくれる作品。

 

村木嵐「まいまいつぶろ」。 家重の耳目となった人物の物語。悪人が出ず、視点が深い。

 

永井紗耶子「木挽町のあだ討ち」。 柄本佑と渡辺謙の初共演。

 

人生は自分を生かしてこそ、です。爽快感が残ります。

 

うさぎ保谷の墓参り:巡り巡る道の記憶

朝ランの家に戻る手前、保谷(ほうや)行きの練馬区営のみどりバス停を見て、保谷にある7月15日の墓参りを思い出しました。

 

練馬区・西武池袋線の石神井公園駅から、下りの各停2駅目が保谷です。9:11の各停に乗り、午後からの夕立前に家に帰るつもりです。

 

保谷駅から福泉寺まで570mの直線道路。

 

馬頭観世音はコンビニ裏に移動して生き残りました。

 

昔は寺まで、曲がりくねった細い道で、両側にジュズダマが植えられていました。 母が木綿糸を針に通して数珠にしてくれました。ずっと、それが本物だと思っていました。

 

農家の土地は相続で減り、農家の本家で、柿を分けてくれた看板も懐かしいです。

 

「福泉寺通り」と名付けられた道。 墓の移動に150万円。合同墓地も150万円。

帰り道に石神井行きのバス停があり、話が巡り巡って戻ってきます。

 

ニコニコ7月の朝ラン歩数・体重記録

熱帯夜で距離が伸びず、BMIは23.7止まり。大腿四頭筋(太もも)が付いてきています。

週1だとやってもやらなくても同じ、週2で合格。週3なら、はっきり体が変わっているのを感じます。

 

脂肪肝によくない太りやすい甘い食べ物は、みんなの好きなものばかりです。3週間ぐらいで肝臓のホルモンにすぐ影響が出ます。

 

逆にBMI=22を割った「低体重」の粗食の人や胃を切った人は、筋肉が自分の体を動かすほど付いてない人が多く、タンパク質摂取が必要です。転倒の危険と隣り合わせです。

 

血圧は特にすごくよく安定しています。これは、朝ランのおかげです。血流が良く、体の隅々の毛細血管まで滞りなく栄養や酸素が行き届いている証拠です。

 

私のかかりつけ医は、年の割に血圧が低いなと3回も手押しポンプを行い、血圧は跳ね上がります。「それはおかしい」と言って、止めさせて、健診もクリアしました。医者って、年相応に病気じゃないと、不満な人種みたいです。

 

7月4日  11,000歩

7月7日  11,120歩

7月9日  11,227歩

7月12日 11,362歩

7月14日 11,232歩

7月18日 11,436歩

7月26日 11,908歩

7月28日 11,394歩

7月30日 11,520歩

 

7月1日63.4kg↑ 2日63.45kg↓ 3日63.2kg↓ 4日62.45kg↓ 5日62.7kg↑ 6日62.6kg↓

7日63.3kg↑ 8日63.6kg↑ 9日62.35kg↓ 10日61.95kg↓ 11日62.1kg↑ 12日62.2kg↑

13日62.9kg↑ 14日62.55kg↓ 15日63.4kg↑ 16日61.9kg↓ 17日63.05kg↑ 18日63.0kg↓ 19日63.1kg↑ 20日63.8kg↑ 21日61.9kg↓ 22日61.85kg↓ 23日62.55kg↑

24日62.95kg↑ 25日63.05kg↑ 26日63.05kg= 27日63.55kg↑ 28日63.75kg↑ 29日63.05kg↓ 30日62.95kg↓ 31日62.6kg↓

 

ニコニコ庭の植木屋問題と伸びた枝の記録

(伸び放題に伸びてしまったシイノキの防風林)

 

●前の家の「切り枝を1本も落とすな」「敷地に脚立を立てて仕事はさせない」という嫌がらせが、一番大きな障害です。前の主人は変人で、生け垣越しに、私めがけて子供にサッカーボールを蹴り込ませ、私の顔つきから信用しないと決めたと。いじめて喜ぶ、お山の大将並み。 「切らない家の枝は勝手に切って請求してよい」という民法改正は、要注意です。

 

●本当は、去年の夏から、今年の5~6月の生育期に大きく切ってあげようという植木屋がいたのですが、勝手に前の家に「入れさせてよ」と交渉して失敗したらしく、急に元気のない声で「今は混んでいて当分先になる。できるときに電話する」でそれっきり。逃亡ですね。切った枝は私の家に放り込めば、多少時間はかかってもできるのに、根性も技量なしでした。

 

●裏の95歳の元中小企業社長の「補助の金は出すので、自分の庭のように刈らせろ」という圧力も加わりました。このおじいさんの紹介で、人工をごまかし、浅くしか刈りこまない植木屋を使い始めて、とうとう、昨年、我慢できずに切ったのでした。本人に、ごま化して済まなかったという自覚がありません。信用を無くした所は使わない方がいいです。

 

●●●の3重苦です。前の家のいやがらせ、植木屋逃亡、後ろの家の圧力。一度、歯車が狂うと大変です。

 

流れとして、30年くらい前から相続分割地に木を植えなくなり、植木屋が各戸にチラシを入れる時期がありました。それも過ぎ、植木屋が廃業してぐっと減り、一方、技のない若者が1本いくらで営業。都心で200坪を刈り込める、矜持・腕がある植木屋は、絶滅寸前です。

 

☆☆☆☆昔は、自転車で練馬区造園組合の植木屋を訪ねて回ったものですが、今はネットです。「植木屋 個人 練馬区」で検索しないと、お庭マスターズとか、ミツモアとか、リプラスとか「早くて安い」と出ますが、皆、大手の仲介だけする所につながっていて、そこの差配で地域の営業マンだけが来ます。すごく高く、親方直ではないので要注意。

 

大工さんと同じで、大組織の一勤め人になって、ネジを打ち込むだけと同じ劣化現象です。

 

(数年前はここまで透けて太陽の光が、庭に届いていました。近所のいい植木屋のおじいさんは、死んでしまい、今はもういません。見積もりで出した人工をごまかして、もう午後は他の庭へ行って作業し、実作業代ではなく、見積もりのまま請求する植木屋は切りました)

 

(前は屋根とシイノキの間は、これだけ空が見えました。)

 

10社当たっても断られ、ようやく良さそうな植木屋を見つけた段階。 まだ返事がありません。植木屋代も、諸物価高騰で3割増し、25,000円~/日は職人中、最高額です。

 

(伸びきった生け垣外。シイノキは、1年に1mは伸びます。手前の葉は落ちますから、

ちゃんと毎年、切っておかないと、落ち葉は3時間おきに掃かなくては紺所の目は

痛いし、植木屋代は確実に倍以上になるし、めったに担当してくれなくなります)

 

また大きくならない今年中に、きっと、うまく行くと信じて、バカは相手をせず、前に進んでいきます。

 

ニコニコ庭の花と文鳥の新太郎君の近況

3月下旬に側溝のコンクリートの溝に、いっぱい花を付けてくれた本スミレです。

 

今は手前のコンクリートとアスファルトの隙間にも春の種が飛んで、こんなに大きくなってくれました。

 

アパート裏手に植えた、石神井川上流脇のJAで1株160円で買ってきたニチニチソウも、適度な日陰があるため、炎天下でも元気に育っています。

 

テラスのリュウキュウアサガオ(アーリー・ヘブンリーブルー)は、もう立派な日陰を居間のテラスに、作ってくれています。

 

ゴーヤはまだツルがテラスの上まで伸びていません。そろそろ連作障害かも。いい苗屋の株で、土もクワで掘り返し、培養土も化成肥料も漉き込んだのになあ。

 

ゴーヤの苗屋さんが1株サービスしてくれたミニトマトが1つだけ取れました。今年も暑すぎて、これ以上はできないようです。暑くて水分不足だと、すぐひび割れます。

 

菊はいろいろな種類をたくさん植えたのですが、1種類だけ1つ咲いてくれました。暑くて、ヒョロヒョロ茎が伸びてしまっています。

 

植木屋さんが6月までに来て、6月末までにクワで耕して種を蒔こうと思っていた雪印種苗のダイカンドラは、まだ播けていません。来年になると、発芽率は落ちるでしょうが、しかたありません。

 

オニユリは、たくさん咲いてくれました。

 

野生種のヤマユリも、たくさん、咲いてくれました。日本は本当にユリの原種が咲く国ですから、ユリが咲いたのを、吉兆としたいです。

 

先月の「梅雨の台風と朝の光:練馬で過ごす6月の記録」は、アップ初日、#文鳥で1位でした。みんな、本当にありがとうございました。

 

文鳥の新太郎君は、6歳(人間で言えば70歳)ですが、羽替りが終わり、まだ発情もしていない7月は、一番、体に負担のない、過ごしやすい月です。くちばしの色も血色の良さを示す真っ赤。水浴びした重い体で、飛びきれず軟着陸し、無理せず賢いです。すぐ救ってあげるので、本人はまったく心配していません。

 

小さい頃、カメラに慣れさせなかったので、カメラの前ではこれが最大限のポーズですが、引き出しにしまうと、手にすっぽり入って、背中へのキスをうっとり待っています。朝一番に巣洗いしてもらい、菜っ葉や水も新しく取り替え、一緒に朝ご飯もテーブルで食べます。

 

一途に、歯磨きやトイレにも付いてきます。手で制すると、外に出るときや、ガスコンロを使うときはついてきません。非常に賢い長生きタイプです。小鳥屋さんの話だと、窓を開けていればそこから逃げるし、ウォシュレットやフライパンに飛び込むのもいるらしいです。

 

この丸まって寝るポーズは、本邦初公開です。少し、年取って疲れてきたせいもあるけど、安心しきっている時の姿です。私の庭の悩みを察し、どこにも行こうとしない新太郎君。

 

保育園に勤めているひろりんさんの玄関前の8月の壁装飾です。

ひまわり畑でくまさんを埋め尽くしました。ところどころにいる昆虫は、

せみ、カブトムシ、クワガタ、てんとう虫です。見つかりましたか?

 

このブログは、ウエンツ夫人JUNさんのご厚意によって、リブログされました。

ニコニコ読んで下さり、ありがとうございました。

どうか、日中の夏の疲れを、ほぐしてくださいね。

 

ニコニコ季節は少しずつ姿を変え、暮らしにも小さな変化を運んできます。 来月も、その移ろいの中で見つけた風景をお届けできればと思います。

 

ニコニコ東京散歩は「東京散歩&健康情報・総索引(第3版)」からご覧いただけます。フォローもしていただければ嬉しいです。

 

ニコニコ東京散歩は一つ区切りつきましたが、これからも、身体の変化や日々の小さな発見を写真とともに綴り、誰かの息抜きになる”灯台のような更新”を続けていければと思います。

 

ニコニコ9月1日(火)は、月一定期アップです。楽しい報告ができますように、がんばりますので、それまで、どうぞお元気で。じゃ、またね。