自分は音楽家なので音楽の話で書いてみる。
楽器のテクニックや譜面を読み解く力、表現力、何か特別な能力、圧倒的な存在感、新しい発想、、、などは音楽をやる者にとっての大切な要素であると思うのだが、それらは自分自身を高め社会的な評価を高めるために大変重要であり、だから頑張るのだと若い頃の私は信じて努力を続けていた。
だが、ある時気付いた。音楽で自分が何をしているのか・・・それは「音楽を通して自分というものを表現している」ということであり、音楽制作に大切な要素はそのために必要なのだということを。
若い頃の目標「自分の見せ方」は非常に相対的で、他人の評価が自分の制作の中心になり易い。自分自身が納得しているかというよりも、周りの人の印象についてや多くの人の支持を得るということに重きを置き易い。この他人からの評価を軸に努力をする場合、何も考えずに(上記の)テクニックを磨くことを一生懸命やる、で十分モチベーションを上げることができたと思うのだ。
そうして出来上がったものは多分、中心のハッキリしない、でもまあそこそこの仕上がりとなる。それをまた「もっと頑張れ!」と言う他人の無責任な応援によって同じ様な行程を繰り返し、その輪から抜け出さない限り永遠に中途半端な制作を続けることになる。
「自分というものを表現」とは、「自分は何を軸に生き、死んでいくのか」の表現であり、その「軸のようなものをさらにシェイプする」ために作り続ける(創り続ける)ことなのだと思う。
そうして生まれた作品からはその人(たち)の生きる信念が浮かび上がってくる。
この映画は、そういう意味で制作者たちの個々の軸をはっきりと中心にして作られた作品だと思う。
とても美しくとても強い。
デクスター・ゴードン最高。
