■今日はおばあちゃんのお墓参りに行く。

こだまっちの誕生日の前に、どうしても行っておきたかったのだ。

お誕生日の感謝祭り、第2弾。

お墓の草をむしり、墓石を洗い、お花を添え、お線香を焚く。

こだまっちは、いつになく神妙で、あらぬところを指差し「ばあば、ばあば」と言う。気がする。

母と「こどもは見えるっていうからねえ」 「天国でおばあちゃんと会ってたんだろうね」とうなづきあう。

もちろん、母もエハラーである。

■私は、江原さんが好きである。

でも、占いは嫌いである。これからも見てもらうことはない。絶対。

これには理由がある。


昔。占い好きの私。ものすごく苦しんだ時期に、良くあたると評判の占い師にみてもらった。

そこは、普通のおうち。

品のいいおばさんが私を迎えてくれた。誕生日と名前から私の人生がわかるらしい。

「あの、私、今、何をやってもうまくいかなくて。で、今後の人生をどうしようかなあと」

と、はじめての占いにとまどい、へどもどと話し始める。

すると、ゆっくりと彼女は答える。

「あのね。あなたね、ここにいたら、もう絶対だめ。何をやってもうまくいかない。

あなたが活躍したいなと思ったら、活躍できません。

やめたいなと思っても、やめられません。

みんなと仲良くやりたいな、と思えば、絶対仲良くできません。

一人でいいからほっといてと思っても、ほっといてもらえません。

ここにいたら、自分の希望と全く反対のことが起こるのです。」

「はあ。」

「これにはね。理由があるのです。」

おばさんは、こちらをしっかり向きなおしてこういった。


「あなたは、罰を受けているのです。」

「罰ですか。…はあ。…あの。なんの?」

「あなた、中絶してるでしょ。その罰。」


心臓が止まるかと思った。

それは、私と、私の母親しか知らない、私の過去の過ち。

決して、誰も、知らないはず。


「あのね、なんでもわかるのよ。占い、なめちゃ駄目よ。」



あ、えと、中絶してません。仮です。

いや、ここでおばさんは別のことを言ったのだが。知り合いも読んでいるので、書くのがためらわれまする。

まあ、それに近い、道徳に反することをしてたわけですよ。私。


さらに彼女は、私の秘密をどんどん語る。

ものすごかった。

「あなたは平成16、17年に妊娠しそうね。」

「はあ。結婚して、しばらくたつんですけど…」

「いえ、妊娠します。でもね。あなた、産まないほうがいいわよ」

「?は?」

「その子は、きっと障害者だからよ。」

さらっとその言葉を放ち、次の話題に彼女は移っていく。


それを聞いた途端、席を立って帰るべきだった。

もし障害者だったとして、何故、産まない方がいいというのか。

それは、いったいどういう心の持ち主が吐く言葉なのか。

びっくりした。ショックだった。

いったい、あんたは、占いを通して、人の人生をどうしようと思っているのか。

私は、なんで、こんなとこに来ちゃったんだろう。


そして、私はその占い師の言葉どおり、平成17年に妊娠した。

妊娠を知ったとき、すぐその占い師の言葉を思い出した。

また、当たった。

正直に言えば、怖かった。

私の秘密をずばずば言う人が予言したとおりの妊娠だ。結果もきっとそうかもしれないと覚悟もした。

どんと来い。運命だ。一緒に生きてみますか。はい。腹をくくった。

妊娠中、死んだおばあちゃんの気配を感じた。そして、何度も何度もおばあちゃんにお願いした。

今、こだまっちが我が家にやってきてくれたのは、おばあちゃんのおかげだと信じている。

天国でこだまっちが、おばあちゃんと「ぼく、あの家、行ってくるよ」と話したのも目に浮かぶ。

だから、どうしても1歳の誕生日前にお墓参りに行きたかったのだ。

おばあちゃん、ありがとう。こだまっち、かわいいよ。

そして障害者であったとして、

これから障害が発見されたとしても、

私はこだまっちを愛しているだろう。

■結局、占いというものはある。

スピリチュアルもあると信じる。

私の秘密を当てた人がいるんだもん。

でも。

それを通して。それが見えたとして。どう伝えていくのかが、大事なんだと思う。

その手段を使って、その人に、どうアドバイスするかが大事なのだと思う。

同じ事例でも、どう表現するかって、すごく大事なんだと思う。

カウンセラーっていうか、アドバイスする人なら。

その人が、次なる人生に楽しく向かっていけるべく、お話してあげるのが大事だと思うのだ。


なので、江原さんが好きなのである。

常に応援してるのが、好きなのである。

■そして、1歳を迎える10日前に、思う。

こだまっちにいつかお話ししたい。

忘れたくない、そんな妊娠にまつわる話し。


あたし、産んで良かったよ。