■昨日のこともあり、改めて離乳食について考えたり、本を読んだり。
どうも、自分が離乳食に納得できなくてですね。なんとなく不自然じゃないかと感じるんですよ。で、何が不自然か明確にならずもんもんとしていて。
昨日のリバース事件で少し体感はできたのですが。
知らなかったのですが、全ての哺乳類は、みんな離乳食食べるんですね~。親が噛んだり、ふんをあげたり。うーん。やはり、移行していく食事が必要なんだな。改めて納得。で。一つ疑問。くじらの離乳食ってなんだろう?調べたがわからず。竹内久美子にでも質問してみるか。
■「離乳食」って日本でこんな形になったのは、第二次世界大戦以降で、当時日本の大半の赤ん坊が2歳近くなっても母乳ばかり吸わされて、栄養失調を起こしていたことへの警告から始まったそうで。
■で、今日は私のための、離乳食に関する覚書です。つまんないです。
全然違う意見などあると思うのですが、私のたわごとと思ってくだされ。失礼。
私もきっと半年したら
「ばっかだね~、こんなに調べて~、ほとんど意味ないし~」と言っているハートの強い母親になることを夢見て。おす。母親暦5ヶ月半の私。らぶ!
「おかあさん、もういいから、一緒に寝ようよ。」
■「離乳食」が日本でこんな形になったのは、第二次世界大戦以降で、当時日本の大半の赤ん坊が2歳近くなっても母乳ばかり吸わされて、栄養失調を起こしていたことへの警告から始まった。当時の小児科は、赤ん坊を救うためにさかんに母乳を離すことをすすめ、そして雑食の与え方をこまかに立案し、その忠実な実行をすすめた。それが実を結び、赤ん坊は救われた。その裏には当時の日本人の生活が困窮していて、親自身の食事が粗末ってのがあり、そして食生活を改善するほどの経済的ゆとりもなく、工夫して赤ん坊に食べやすくするだけの時間的余裕もなかった。
しかし、しばらくして日本人の生活条件の改善がおこなり、こんどは栄養失調になるほど、離乳がおくれるような事態はなくなった。しかし、あえて「守られるべき」企画を持ち込んだために、かえって困難を増すことになった。
■知識に振り回されぬようにすること。知識というものは自分の外にある。外からくるのであって、自分の感覚に由来するものではない。自分に由来して経験によって鍛えられた感覚は揺らぎにくいが、外から持ち込んだだけの知識はうつろいやすい。いくらでも、新しいのが現れるし、いつでも取りかえられる。
そのような不安定なものに依拠してこどもを育てようとするのは、賢明なことでなはい。
育児は経験がいちばんものをいう。それは最初の子より二番目、三番目の子の方がたいてい楽に育てられるという事実が物語っている。
が、経験はその性質上なにからなにまで同じことを繰り返さない。似たような場面にはぶつかるが、まったく同じ出来事にはでくわさない。だから経験もそのままでは使えないのだ。さらに、個人的経験にあっては、その評価に主観がはたらく。価値観の相違もあるだろう。ある人が成功と思っても、別の人はそうとらないといったことがよく起こる。
そういう意味で、子を育てるものは、孤独を覚悟しなければならない。育児書に書いてないところ、他人の経験の及ばぬところでも、子どもとの格闘を強いられる。むしろ、そうした場面での五里霧中の手探りこそが、育児のほんとうの姿なのだ。
■赤ん坊の持つ食物への選択の能力を信頼しよう。ほとんど体にそぐわなければ食べないし、食べても少量にとどまるはずだ。時には食べ過ぎて失敗することもあるけれど、本人に食べる気があるならば、与えて消化器を鍛えてやるようにする。
ほとんど「毛利子来」氏の本より。
■結局育児書とかさ、専門書って、専門家の知識なのよね。お母さんの経験とかじゃないし。ほほほ。もちろん読むの大好きだから、読む。そして、判断は自分でするって当たり前か~書いてあるのを丸呑みするのではなく、自分の感覚とこだまくんを見ながら進めていこう。こだまくんが食べそうなら、もりもりすすめていくし、自分が「この食べ物、食べてるけどまだイヤだな」と感じたらそれも尊重しよう。ああ、ちょっとほっとしてきたぞ。まじめだな、俺。
■で。じゃあ、おかゆとかからはじめるかと思っても、その作り方も調べないとわからない、私はとんちんかん母どす~。地味にね。地味に。
