<要約>

・日本では技術ありきでヘルスケアビジネスのアイデアを考え始める人が多すぎる

・成功するヘルスケアビジネスは、現場のニーズに基づいてアイデアが構築されている

・ニーズの抽出には医療関係者の協力が不可欠。現場経験が浅いとニーズを見誤ることが多いので10年以上の現場経験者との協業を推奨している

・現在のやり方では世界で勝負できる日本発の「AI×ヘルスケア」プロダクトは生まれない

・投資家はヘルスケアビジネスの技術系バズワードに安易に飛びつかないように注意が必要

 

図2-2-1. Needs(水) vs Technology(スマホ):どちらが大切ですか?

 

<本文>

何度も申し上げていますが、ビジネスの本質は価値の交換ですので、より良い製品やサービスとは現場が必要としているものであるべきということは至極当然のことだと思われるかもしれません。しかしながら多くのヘルスケアビジネスは、この単純な原則すら満たしていないことが多いように思われます。これには大きく分けて2つの原因が存在します。

 

まず一番多い原因として「技術を入り口にしたビジネスアイデア」であるから、ということが挙げられます。これをTechnology-drivenなアイデアと呼びます。つまり、「〇〇という技術を使ってヘルスケアで何かできないかな?」といった発想を起点にしてしまっているということです。

 

このように技術を起点にアイデアを考えてしまいますと、折角作った製品やサービスが現場のニーズを満たしていないので全く売れないという結果になりがちです。しかも何故か技術起点な考え方をする人の多くは、その技術でできることとできないことの判別という、技術そのものに対する本質的理解が不足していることが多いようにも思われます。

 

例えば近年ビットコインを筆頭にした暗号通貨/仮想通貨が広く一般に認知されています。その運用に用いられているブロックチェーン等の分散型データ管理技術の最大の特徴は、データの偽造や改ざんが極めて困難である点にあります。技術起点で考える人は、ブロックチェーンの技術をヘルスケアサービスに導入するというようなアイデアを考えがちですが、ヘルスケア領域においてはデータの偽造や改ざんが行われる状況はまずないと言っても過言ではありません。従ってヘルスケアサービスで分散型データ管理を導入するニーズは今の所ほぼ無いと筆者は考えています。このように技術起点のアイデアは、現場のニーズからかけ離れたものになりがちです。

 

近年、大流行している「人工知能(artificial intelligence, AI)」に関しても少しコメントをしておきます。細かい定義は抜きにして一般論として要点のみ説明すると、AIをヘルスケアビジネスに応用するためには機械学習や深層学習と呼ばれる既存データによる学習が不可欠となります。そして、機械学習や深層学習では、結論を導き出すために「何」を「どのように」学習させるのかという点について、AIエンジンニアが選択したり、さらにはこれらのデータを集めたり、解析可能なフォーマットに落とし込むという作業が必要となります。AIのモデル構築は、何もない所から全部機械自身が行ってくれる類のものではなく、数学や統計学的なセンスのある専門家による介入が必要なのです。

 

筆者は、AIプログラミングでPythonに次いでよく使用される「R言語」を用いた統計解析の教科書や解析プログラムのためのスクリプトを独自に作成してECサイトで販売する等の活動を行っており、医師としてはデータサイエンティスト的な知識をある程度持ち合わせている方だと自負しています。その視点から日本の現状をみた場合、ごく一部の例外を除いて、日本が「AI×ヘルスケア」の分野で世界で勝つことは難しいと考えています。何故ならば、AIモデルの構築とその質に関わる学習用データの「量」を担保するノウハウにおいて、日本はすでに挽回不可能な程に圧倒的に世界に差をつけられているからです。

 

本ブログの第1章 1-3で述べた通り、日本では皆で協力してデータを集めるというような作業を非常に苦手としています。医学研究分野におけるデータ量では、世界のスタンダードと比べて日本で集められるデータ量は100~1000分1程度というのが現実です。近年、国際学会ではあるテーマについてAIモデルを構築して正答率を競うような取り組みが数多く行われていますが、どの分野においても日本のチームがランキングインすることはほとんどありません。世界的にAI×ヘルスケアが盛り上がっているにも関わらず、日本は完全に取り残され、CTやMRI等の画像検査機器の数が世界で最も多いことから唯一可能性の残っていたAI×画像診断系の分野ですら同じ状況となっています。極論となりますが、AIモデルというのは最も精度の高いモデルが1つあれば十分であり、トップ以外はビジネスとして成立させることは非常に困難と言えます。筆者としては、このようにほとんど負けが確定している分野でわざわざ闘う必要はないと考えています。

 

日本でTechnology-drivenなヘルスケアビジネスアイデアが乱立しているのは、日本にはヘルスケアビジネスに精通しているベンチャーキャピタル(venture capital, VC)を中心とした投資家が極めて少ないことが理由の一つとして挙げられます。「ブロックチェーン」や「AI」という単なるバズワードに群がって、本質を理解しないまま資金が投入される事例がこの悪循環をさらに加速させています。VCを含む投資家がヘルスケアベンチャーを適切に目利きできるようになり、日本のヘルスケアエコシステムを正しく盛り上げることが出来るように願って、本ブログを書いています。

 

次に、現場のニーズに基づいたビジネスアイデアが構築されない2つ目の原因として、「現場のニーズを見誤ってしまう」現象について説明を行います。

 

こちらの図を見て下さい。これは、米国におけるスタートアップ企業の創業者の年齢分布です(※縦軸が全体における割合)。青色が全スタートアップの年齢分布、赤色が成長率上位1%の企業の創業者の年齢分布です。この図では、20歳~35歳で起業した場合の企業成長確率が低く、35歳~45歳までに起業した場合に企業価値が大きく成長しやすいということが読み取れます。

 

図2-2-2. 米国におけるスタートアップ企業創業者の年齢分布

【改変引用】

Azoulay P, Jones BF, Kim JD, and Miranda J. Age and high-growth entrepreneurship. National Bureau of Economic Research 2018.

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私は現場のニーズを本質的に捉えたアイデアは、10年以上の経験を有するものからしか出てこないという印象を持っています。私の元には非常に多くのヘルスケアビジネスアイデアに関する相談が持ち込まれます。しかし、特に現場経験が5年に満たないような医師からのアイデアは非常に表面的で誰もが思いつくようなものが多いように思われます。余談ですが、企業の成長にはビジネスアイデアだけでなく、困難に直面した時に諦めずに進み続ける力や、交渉力を含む総合力も必要とされますので、社会人として10年以上の経験を持っている人の方が企業成長確率が高いというのは、そのあたりも加味されているのではないかとも考えています。

 

何れにしても、皆様がヘルスケアビジネスへの参入を考えているのであれば、ニーズの抽出には医療関係者の助けが不可欠だとお考え下さい。日本のヘルスケアビジネス界隈ではまだまだ現場経験が5年未満程度の若手のプレイヤーによるファッション起業が多い印象ですが、現場経験が10年以上あるプレイヤーの参入が今後増えてくるに従って、より面白いプロジェクトもどんどん現れてくるのではないかと期待しています。ただし、現場経験が長い人の場合には、自分の個人的なニーズを満たすためだけのビジネスアイデアを持ってくる人が多くなってきます。したがって、そのビジネスアイデアが、現場視点に基づいた、しっかりしたニーズであるかを検討する必要があります。

 

以上を要約すると、最も確実なヘルスケアビジネスアイデア着想の方法とは、「現場レベルの本質的なニーズを探る」こととなります。具体的には、「誰もが我慢するのが当たり前と思っている不便さ」や「あまりに当たり前すぎてそこに課題があることにすら気づかない不便さ」にアプローチするのがよいでしょう。このようなニーズを解決するためには、必ずしも最先端の技術が必要というわけではありません。

 

繰り返しになりますが、「ヘルスケアビジネスのよいアイデアは現場からしか生まれない」ということを、しっかりと肝に銘じておくことが重要です。技術起点でプロジェクトを走らせた場合には、解決したい課題をコロコロ変えてプロジェクトを進めることになりがちで、このような手法を取る会社はうまく成長できないことは誰の目から見ても明らかです。ニーズを起点とすることで会社の方針がブレない、しっかりと芯の通った安定した会社運営に繋がると考えます。

 

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