母が実家を旅立つ日②の補足・・特養入所までの6年間・・ | 50代主婦いよいよ実家じまいがやってきた

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明治の初めから4代続いた実家が、いよいよ幕を閉じようとしています。決して円満とは言えない家族でした。でも今はただ、寂しいばかりです。

 

 

母は本当に認知症だったのか?

 

母は本当に認知症だったのか?

 

あれは、同情を引くための いつもの

自作自演だったのではないか?

 

という思いが浮かんでは消えてどうしようもないので

特養入所までの6年間を思い出してみました。

 

  

    ↓ こちらは 母の若い頃からのようす

 

 

 

2017年12月  母80歳 要介護認定なし

配偶者である私の父を亡くす

 

頑なに独居を主張。

 

高齢者用の宅配弁当スタート。

 

父の負の遺産(金銭的なもの)を

私たちに引き継いで貰いたがっていた。

    

兄と母で、土地を売る売らないの押し問答。

 

私は1~2ヶ月に一度 帰省して

母の身の回りを整えていた。

 

~母の様子~

母は普段は強がって虚勢をはるのだが

今思えば、かなりの理解力があった。

 

軽い物忘れがボチボチはじまった。

 

少しずつ、嘘が下手になって

  母はウソつきキャリアが長い!!

つじつまが合わなくなってきた。

 

夜になると弱気になるのか

ポロリと本音をもらしたりした。

 これがまた 切なすぎる内容でした・・

 

手紙は以前と同じように書くことができていた。

 

計算もできた。

 

膝を痛めていたが

ネコちゃんの餌を買うため

2日に1度の頻度で往復2時間かけて(!!)

       車で片道10分程度の距離

町のスーパーに

歩いて買い物に出かけていた。

  その母を見かけた方から、

    しばしば役場に通報されていた。

 

徘徊は一度もなかったが、

徘徊を心配され通報が重なった。

 

絶対に絶対に、事実とは異なるのですが、

ネコを虐待していると通報があった!

 

母はこの時とても驚いて

 

「虐待なんかしとらんわいね!!

 私はずっと

 ねこちゃんと仲良しなんじゃけぇ!!」

 

と震えながら涙声で訴えていた。

 

この時は さすがに私も母を庇ってしまった・・

 

 

 

2019年 11月 母82歳  要介護1

   やっと認知症の診断が降りた

 

要介護認定の申請に必要な訪問調査

    

コロナパンデミック宣言の直前!!

要介護認定され

デイ&ヘルパースタート

 

幸いにも地元の介護サービスは

一度もコロナで中断することはなく

マスク以外のアクティビティは

ほぼ通常通り行われ続けた。

 

行動制限で買い物が難しくなり

ネコの餌やりは

兄がしてくれていた。

  過去、母の食事は無関心だったけど・・

  よほど母に怒りがあったんですね。

 

ニコ相変わらず 猫さん数匹と暮らす

 

てんかん発作で倒れる。

 

転倒して腕を脱臼する。

 

その都度、数日入院 ⇒ 改善で退院。

これを機会に認知症の脳波を検査できた!!

 

アルツハイマー病やレビー小体型ではなく

単なる老化による脳の萎縮

であることが判明した!!

 

デイやショートでは楽しく過ごしていたが

徐々に自宅での活動や生気がなくなった。

 

食事を残すようになった。

 

 

2021年11月 母84歳  要介護3

   突然 要介護3の認定が降りた。

   

ケアマネージャーさんから

特養入所を何度も強く勧められた。

 

数カ所見学して

2カ所に申し込みをした。

   ↓

あっという間に入所が決まった。

 認知症・一人暮らし・年収・家族との関係 

          ・・で優先的に入所

 

平行してネコちゃんの保護先を探した。

 

 

 

2022年 4月~現在  母85歳~ 要介護3

 要介護3 特養入所中

   

母の特養は、

ケアがとても丁寧で暖かいのです。

 

過去に何人も症状が改善して退所された方が

いらっしゃるほどです。

  これに関しては

  利用者さんの誰もがコロナで叶わず仕舞いでした汗

 

特養の方々には感謝しかありません。

 

寂しいことですが、

母は自分がここまで長生きできるとは

考えていなかったようです。

 

私はここ(実家)で、

ある朝ひょっと目が覚めることなく

終わるけえ、

 

その時は手を合わせて拝んでね。

 

ネコちゃんを助けてやってね。

 

これが口癖でした。

    この言葉を聞くのが嫌だった汗

 

結局 与えられた環境の中で

最も良い結果になったのかもしれません。

 

   あとは、

私の気持ちを整理するだけ

      なのかなぁ・・。

 

 

読んでくださった皆さま

  ありがとうございました。

 

 

 花 母が特養に入所の時 新調したもの 花