ママブロネタ「育児環境」からの投稿
夏休みの間、この記事からは遠ざかっておりました。
忙しいからというより、なんだか自分が「ひとりっ子」という言葉を
すごく意識してしまっていて、辛くなってしまったといいますか。
子どもに言われちゃったんですね。
「私はひとりっ子だから、友だちがいないとき、盛り上がって一緒に遊べる相手がいなくてつまらない」
すごくショックでした。
そんなふうに思わないように、仕事に傾きすぎないようにセーブしてきたつもりだったし、一緒に遊ぶようにしていたつもりだったのですが。
いずれも「つもり」であって、できていなかったんだなと。
夏休みは仕事にも連れていって、留守番もさせず、寂しい思いをさせないようにと頑張っていました。
でも彼女の求めているものはそういうことじゃない。いつでも一緒にわいわい遊べる相手。
イコールきょうだいだと思うのでしょうね。もっと一緒にいろいろやってあげなきゃいけなかった。反省しました。
ついでに夏休みに会った友だちに、
「あなたのところはひとりっ子だから」
「○○ちゃんはひとりっ子だから」
と立て続けに言われて、はーもうやだ、ひとりっ子って言葉言われるの…。
やっぱり「ひとりっ子はかわいそう」なのかな?
…。
ともうかなりかなりへこんでいたんですが。
「じゃあだからってどうするのか?」
「いないもんはいないんだよーーーー!」
「子どもが1人なんていうのは生きていく中で、たまたまできた環境の1つにすぎない」
「きょうだいがいたら得られたことが、ほかのことでは決して得られないものだとは思わない」
「子どもの数で、私も子どもも自分がかわいそうだなんて思ったら負けだ(何にですか?)!!」
「ひとりっ子って言葉にいちいち傷ついてたら生きていけん!!」
「ガオーーーーーー(ひとりっ子をかわいそうがる人への威かく)!!!」
というわけで、客観的にここで書いて自分の中でもオトシマエをちゃんと付けよう。つまり落としどころをしっかりつけようと思います。
***
さて今回、「相手と関係が深いから、言うことを聞いてほしくてしつこく言う」人について。
関係が深いとは、私の場合は家族、親のことです。これが一番つらいです。
自分がきょうだいがいなくて寂しかったとか、私たちのときはこんなに子育てが大変だったのにという恨みから言うのではない「ひとりっ子はかわいそう」。
親たちは、本当に私の子どものことをかわいそうだと思っています。
私たち夫実家へ帰省しますと、当然その場に子どもが1人なわけです。
もうこの状況が、夫の親はかわいそうでしょうがないらしいのです。
「1人でかわいそうになぁ…」
と心底かわいそうな人を見る目で子どもを見つめて、私の隣でため息をつきます。
かわいそうがるだけではなく、私に対して「ひとりっ子だけは絶対に駄目だ」
などと、私のことや私の親のことを責めもしますが、
子どものことを哀れみの目で見るのが本当に耐えがたいです。
夫の親はヨメの、自分の理想のヨメらしからぬ部分に対しての不満も含めて
言っている部分があるので、まだ「ふんっ」と思えるところがありますが。
自分の親は子どもだけではなく、子どもが1人なことで娘である私のこともかわいそうだと思っています。
「子どもはきょうだいや祖父母がたくさんいるところで育つべきなんだよな…」
「子どもが1人では、本当の親になれない」
心底心配しているんだと思います。
これにはどうしても
「応えられなくてごめんなさい」と、思ってしまいます。
「私のせいでかわいそうな子どもにしてしまって」と泣きたくなります。
「私だってできたらほしかったけどできないんだよ。どうしようもないことを、どうして責めるの?」
と、いい大人なのに、親が自分の気持ちを分かってくれないことを、私の都合で2人目を作らないんだと思い込んでいることを、嘆いてしまいます。
親だから怒れないしんどさといいますか。自分を責めるしかないつらさがあります。
親なんだから私のことをおもんぱかっているうちに
「作らないんじゃなくて、できないという可能性もある」
っていうことに思い至ってくれたらいいのにな。
なんていうのはやっぱり甘えた考え方のようです。
「私もほしいんだけどね」
と言ったことはあるのですが、態度が変わることはありませんでした。
わざと作らないわけじゃないということは、「ひとりっ子は駄目」という考えには影響しないようです。
親のことも、
「勝手に言ってればいいわ!」
と割り切らなければいけないのも悲しいです。
だからというか、それもあって、
私は子どもを、心身共に健康で、周囲とのコミュニケーションもちゃんと取れて、
持てる能力を最大限発揮できる人に育てようと頑張っています。
きょうだいがいようがいまいが、この人はこの人らしく、楽しく生きていけるし
充実した人生を送れると証明してやろうと。そうしたら「かわいそう」なんて
思わなくなるんじゃないかと思うのです。
きょうだいがいる=メリット
きょうだいがいない=デメリット
ではありません。
きょうだいがいないことは別にかわいそうではありません。
「ひとりっ子はかわいそう」は、子どもに「きょうだいがいないから自分は人より劣っている、
きょうだいがいないせいで私は○○だ」といじける性根を植え付ける言葉です。
例え親と言えども、私の子どもにそんなことをする人は許しちゃならんと思います。
私は子どもを
「何かネガティブな現象が起きたときに、きょうだいがいないせいにする人」
にならないように育てます。
「ひとりっ子はかわいそう」から子どもを守る。
「ひとりっ子はかわいそう」によって「私はかわいそうなんだ」と子どもがいじけた考えを持つことを予防する。
そういう人間を遠ざけるというのは無理がありますから、子どもに「こういうことを言ってくる人がいるけれども、決してそうではない」ということをこれから教えていかなければいけないと思っています。
そうすることによって、環境のせいにしないこと、
育った環境によって人を差別しないこと、
いろいろなことを教えられると思っています。
つづく
(長くなってしまったので、次回で完結にします(^_^;)

