死のお片付け | インディペンデントで行ってみよう!

死のお片付け

 

実家の整理をしています。

親は何も片付けず

私が片付ける状況となったので

非常に困っているというか途方に暮れています。

何で自分たちである程度、片付けておいてくれなかったのかと

繰り言が片づけの都度、口に出ます。

 

他人のモノならいざ知らず

身内のモノはそう割切って、処分できるものではありません。

思い入れは捨てて処分するようにしていますが

片付けていると

何か親の人生まで否定するような罪悪感にも見舞われます。

 

特に困っているのが膨大な写真

そして日誌

昔の家族写真は今と違って

すべてプリントアウトされたものがアルバムに収められています。

家族が写った写真はおいそれと処分できません。

それに日誌も困る。

今さら父の日誌を見て、特段の感慨を持ちたくありません。

かえって喪失の悲嘆に襲われるからです。

 

この経験があって

私はもう自分の生前整理を始めています。

若い人はまだいいけれど

一定の年齢の人は、自分の死後に残るモノの整理を始めておいた方がいい

特に恥ずかしいものは早めがいい。

いつ死ぬかなんてわからないのですから

AVなんかはあって普通

「こういうジャンルが好きだったんだ」とかで笑いで済みますが

「これは、ちょっと」という代物は自分の手で速やかに

 

それと死を意識した片づけは

もう必要のないモノの購入を見送るようになります。

なるべく身軽に

これ以上、ゴミを増やしてどうすると思ったら

残りの人生に関係のないモノは買いません。

モノなんて、どうせあの世には持っていけないのですから

 

私は死後の世界を信じているし

できれば記憶も残ってほしいと思っています。

となると尚さら大事なのは

モノより記憶

幸福な記憶は多ければ多いほどいい。

あの世に持っていけないモノに金を使うくらいなら

思い出を作る方が賢明と考えています。

死が一切の無なら無駄になりますが

私は記憶は魂と同時に残ると考えているので

記憶を大事にしたい。