切断された”日常”
震災の前と後では
未来に向けた意識が一変した気がします。
特に原発が危機の伝えられてから
かつてのように
未来がこれまでの日常の延長とは思えなくなりました。
戦時下でもないのに
こんな明日をも知れない日常を生きるようになるとは
そう考えると
昨日と同じ明日が続くと無条件に考えることができた日々は
幸福な状況にあったわけですが
その幸福は失ってはじめて気がつく
最悪(致死性の高い高濃度の放射性物質が一気に飛散すること)はないという意見もありますが
最悪を想定していなかったから
こうなったのではないか
仮に一気に飛散しなくても
慢性的に放射能汚染と共に生きることも考えられます。
それは無邪気に明日を信じることができた日々とは
明らかに違う
地震と津波の災害だけだったら
復興へ意識を集中できても
原発の問題がある限りは
不安を払拭できません。