人を雇うということ。
独立しある程度軌道に乗って
一人では間に合わなくなっても
人を雇うことに関しては慎重でありたいと思う。
人を雇うということは
その人の人生の一時であるにしても
人生をあずかるに等しいという感覚がある。
給与収入によって生計を立てる人を雇うということは
それだけ責任が重く
また覚悟がいることだと考えている。
だから安易に採用して
ちょっと都合が悪くなったので
お引き取り下さいというわけにはいかない。
そういうことを平気でする無思慮な人間だけにはなりたくない。
合理的経営で事業が成功しても
人をモノ扱いにするような経営者は
けしてほめられたものではないだろう。
経営が苦しくなっても
雇用調整というのは最後の手段である。
この至極まっとうな正論が
今の雇用調整で論じられることがない。
小泉や竹中がミスリードした安直な市場原理の導入で
本来、日本人が持っていた雇用に対する規範というものを
今の経営者は忘れてしまったのだろうか
それとも彼らは日本人の顔をした外人なのか
資源のない日本がここまでの発展をみた背景として
雇用に重きを置くという理念が果たした役割は大きいはずである。
それを日本を代表する企業が真っ先に破ってどうする?
サステナビリティ(事業の持続性)というのは
何も経営指標の維持だけを目的としたものではない。
この苦境にその企業がどういう行動をしたかも
しっかりと記憶されるものである。
大手であっても雇用調整をしない会社がある。
メディアはなぜかそういう矜持をもった会社のことは報道しないが
人を真っ先に切った会社と
雇用を守った会社のことは
後々までよく覚えておくことである。
人をモノ扱いした企業が、永く続くことは絶対にない。
そう遠くない日に没落の基点はあそこにあったとふり返る日が必ず来るだろう。
