-無- 小津安二郎没後45年 命日の前日に
年輩の方ならともかく
映画好きでないと、小津安二郎の名前を出しても
もう知らない人の方が多いのかもしれない。
ローアングルで
役者がカメラの正面でセリフをしゃべる
婚期の遅れた娘を送り出す父娘の物語を何度も撮った監督
といえばわかるだろうか
12日は小津安二郎の命日で
今から45年前の1963年
小津は作風にも似て60歳の誕生日に亡くなった。
以前から円覚寺(えんがくじ)にある小津の墓に参りたいと思っていた。
命日を前にして
晩秋の円覚寺を訪れた。
私がどれだけ小津監督を敬愛しているか
それはもう書きようがないくらいに深い。
個人的には明治以降の日本の文化芸術で
最高の作品は
ジャンルを問わず
「晩春」「麦秋」「東京物語」の
3作品だと考えている。
世界の映画史上のベストテンで
「東京物語」が3位に選ばれたことがあると言えば
どれだけの評価を得ているか理解してもらえるだろう。
そして世界の映画監督には小津の信奉者が多い。
ヴィム・ヴェンダースをはじめとして、ホウ・シャオシェン
アキ・カウリスマキ、ジム・ジャームッシュ、キアロスタミ
国内でいえば周防正行(すおまさゆき)
それこそ枚挙にいとまがない。
私が小津作品と出会ったのは23のときである。
子供のころに見た記憶はあったが
間延びしたリズムの退屈な映画だと思っていた。
それが23のとき
忘れもしない大阪の新世界の映画館で初めて小津作品の素晴らしさを知ったのである。
それは文字通り発見ともいうべき出会いだった。
「しなの川」という野村芳太郎監督の映画を
由美かおるの裸身見たさに見に行ったのだが
(お銀姉さんもまだ若かった。)
そのときの併映が「東京物語」で(どんなカップリングだ?)
見終わった後
私は由美かおるの裸より
「東京物語」に完全に打ちのめされたのである。
映画に限らず、だいたいいいものとは期待していないときに出会うことが多い。
映画少年だったので
小津の評価が高いことは知っていた。
しかし特段見る機会もなくて
そのとき初めて本格的に見たのである。
上映後
私はある種の感動に包まれていた。
自分が美しいと思うもの、尊いと思うものを
完全にスクリーンの上に描き出している監督が存在した。
その事実に愕然としたのである。
書き出すと止まらないので
これ以上は控えるが
画面の構図から
映画の中の世界観
そして声高に叫ばれることはないが、底辺に静かに横たわる普遍的な人生のテーマ
私には「東京物語」は完全な映画に思えた。
小津が偉大なところは
孤独や老い、性といったテーマを据えながら
けして難解に作るのではなく
普遍的なホームドラマのかたちを借りて作品としての完成をみたことである。
公開当時は客も入った。人気映画監督だった。
崇高なテーマの映画を作りながら商業性をけして失わなかった。
だから偉大なのである。
頭でっかちの馬鹿な監督が自己満足の映画を撮ったのとはわけが違う。
私は小津作品を通じて映像表現とは何かを知った。
安手のドラマだと脚本家や演出家は
やたら役者に泣き叫んだりさせたりするが
実際の人間は悲しいからと言って
泣き叫んだりはしない。
そういうものだと思う。
日本人ならなおのこと直接的な感情の表出は控えるだろう。
そういうことを踏まえて
小津は映画を一つの美的価値観で貫いた監督だった。
小津の映画を知りたければ
この著が必読である。
蓮見重彦の小津論とかあるが、私はこれが最良の本だと思う。
この本を読んで映画を見れば
映画の見方が変わる。
私は変わった。
明らかに変わった。
無とは小津の墓に刻まれた墓碑銘である。
無のただ一文字
小津の映画にあった無常感を伝えるものだったか
円覚寺に小津の墓があることを知る人は少ないのか
さすがにここまで観光客の姿はなかった。
無の一文字の前に供えられた花が鮮やかだった。








