契約書のない世界
かつて私が在籍した広告業界は長く契約書のない世界だった。
億単位の金が動きながら
口頭で話が済む世界だった。
早く海外に進出したメーカーから広告業に転じた私からすると
見た目の華やかさとは裏腹にずい分近代化の遅れた業界と映った。
そのうち大手の上場機運が高まり
おしなべてまともに契約を交わす世界になったようだが
今にして思えば
契約書を交わさなくても
取引が真っ当に成立するのは
それはそれで高度な商慣習の社会ではなかったかと思う。
アメリカのビジネスなどでそれこそ
数百ページにも達する分厚い契約書を取り交わすのは
相互に信頼を置いていないからである。
一言が抜けていたら、相手はそこを突く存在であることを
互いに認識しているからである。
仮にトラブルに発展したら
妥協点を見出すより
法律上の文言で争うことを想定しているからである。
考えようによっては
相互に疑心暗鬼の
ある意味野蛮な世界である。
日本の商取引はグローバル・スタンダードの名のもとに
表面的な近代化に追従したが
実はより高度な相互信頼の世界を失っただけかもしれない。
嫌な世界になるはずである。
ひところ喧伝された日本異質論も
よくよく考えればより高度であるが故の異質であったのかもしれない。
- これ1冊でわかる契約書の読み方・つくり方/小坂 英雄
- ¥2,940
- Amazon.co.jp
