「面倒臭い」をどう克服するか(1)
何かをしようというとき
私の場合、最大の障害となるのが「面倒臭い」です。
どうしてこう何をするにしても
億劫になったのか
前はこんな風じゃなかったのに
始めなければと思いながら
なかなか手をつけられません。
先延ばしにして機会を逃し
自己嫌悪に陥ることが多い。
独立で自力でやっていかなければいけない私の最大の敵は
この「面倒臭い」という気持ちです。
成功の鍵は、この「面倒臭い」の克服にかかっています。
これについて最近、雑誌にあったアプローチを紹介します。(多少自分なりにアレンジしています。)
面倒くさいことを「快」に結び付ける方法
まず「面倒臭い」がどんな「不快」「苦痛」と結びついているのかを洗い出します。
たとえば「字の練習」、単純で退屈、面白くないからする気が起きない場合
もししなかった場合にどうなるのか、
そしてした場合には
どういう「快」がもたらされるのか
「不快」に焦点を当てると、なかなか手をつけられませんが
することによって得られる「快」に目を向ければ
それが強力な動機づけになります。
今の汚い字のままでは、自筆で書かなければいけないとき
いつも恥ずかしい思いをすることになりますが
字がきれいになれば、人前で書くことが苦痛ではなくなります。
きれいになれば手書きが好きになり、
年賀状などは印刷より心のこもったものと見られるでしょう。
私の場合で言えば、人前で書くことが苦痛にならないだけで
長年の不快から解放されます。
それは大きな「快」です。
ときに「達筆ですね」と言われたら、どんなに気分がいいことか
子供の頃は字が上手と言われただけに、またあの頃に戻りたいと思います。
このように「面倒臭い」の目先の「不快」に目を向けると
手をつけられませんが
地道な「不快」によって得られる将来の「快」に目を向ければ
取り組むこと自体が「快」になるのではないでしょうか
大事なテーマなので、この話断続的に続けます。
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