語るべきことがある人生
先週、受講した独立に向けたセミナーの最後に
既に活躍しているコンサルタントの話を聞く機会が設けられた。
やはり独力で人生を切り拓いた人でしか話すことができない内容があって
刺激に満ちた時間となった。
私は一言も聞き漏らすまいと聞きながら思った。
人間、ある程度の年齢になって
人を引き付けてやまないような話の一つ
語るべき内容の話ができなければ
それはくだらない人生なのだ。
極端な物言いと思うかもしれない。
しかし全方位で受容されるようなことばかり書いても仕方がないので
極論の批判を承知で書けば
長く生きて
仕事を通じて
その人の固有の苛烈な経験に裏付けられた話ができなければ
それはただ漫然と生きたつまらない人生なのだ。
つまらないという言い方が適当かどうかはわからないが
私はやはり語るに値する人生を生きた人を尊敬する。
誰にも頼らす独力で
個の人生を確立した生き方
そこには存分に自分の人生を生きようという強い意思を感じるからである。
ただ漫然と会社と家の往復に終始した人生から
人が聞くに値する話など聞けない。
冗長に自分の半生を話す人はいる。
しかしただの履歴を聞いても面白くはない。
やはり苦闘と葛藤の中から
自分で見出した人生の真実が語られてこそ
人は瞠黙して耳を傾ける。
人は真実の重みを知る。
個有の真実によってしか伝えられない迫力を理解する。
それはやはりどれだけ真剣に生きたかの証だからである。
