アンフェアなのは誰か
ひところ日本はアンフェアな国という評があった。
これに対して欧米はフェアな国だと。
確かに国内政治や行政では村社会の論理がまかり通るから
指摘の通りの面もあるが
国民性、それに経済活動やスポーツで
日本ほどフェアな国はないと常々思っている。
ときに馬鹿正直にも程があると思うほどフェアと感じることも多い。
これに対して
スキーの総合で日本にメダルを独占されると
ルールを都合よく変えたりと
実はフェアを標榜する欧米の方がよほどアンフェアだったりする。
今回の金融危機の騒動でもそう感じる。
ほんの数年前、まことしやかに会社は株主のものと
金融資本主義を容認しておきながら
自壊に至った途端、
公的資金注入、金融資本主義一掃と宗旨変えを恥じない身替わりの早さ。
ポリシーもインテリジェンスのかけらもありゃしない。
私が前から欧米がフェアにうるさく
自分らにとって都合の悪いことをアンフェアと言い立てるのは
実は彼ら自身が汚くアンフェアという自己認識があるからと考えていた。
よく言われるように農耕民族、定住の村社会で
自分さえよければいいとアンフェアなやり方をすれば
村八分に見舞われる。
これに対して狩猟民族は獲物を追っての流浪の民だから
基本的には自分さえよければいい。
目的のためには手段を選ばない。
汚いと言われたらその地を去ればいいだけのこと。
これを知っているから
お互いの牽制のためにフェアに口うるさいのであって
実はアンフェアなのは彼らなのである。
さんざん何でもありの汚い手口でボロ儲けしておいて
具合が悪くなったら主義主張も変えて
助けてねとは、身勝手にも程がある。
数年前、会社は株主のものかもしれないと
刷り込まれた自分の不明を今恥じている。
