ブロークバック・マウンテン | インディペンデントで行ってみよう!

ブロークバック・マウンテン


broakback



私は文学少年であると同時に映画少年だった。

学生時代は

大学卒業まで名画座を中心に

毎年100本以上の映画を見ていた。

今のようにミニシアターがそこかしこにあった時代ではないし

封切られる本数も限られていたから

いきおい過去の名画が中心となった。

私としてはこのとき自分なりの鑑識眼、批評性を養ったと思っている。

何でもそうだが見る眼は

数をこなさないと醸成されないところがある。



社会人になってさすがに映画を見る機会は減ったが

それでも自分の感性に合いそうな映画は見逃さないようにしてきた。

長じるにつれて感性は磨耗し

十代の頃の感動を覚えることはなくなったが

昨年珍しく、見終わった後、余韻が後を引く映画が二本あった。

それは「ブロークバック・マウンテン 」と「クラッシュ」である。

ここでは「ブロークバック・マウンテン 」についてふれたい。



ブロークバック・マウンテン 」は

この夏、話題を集めた「ダークナイト 」でジョーカーを鬼気迫る迫力で演じながら

封切前に早世したヒース・レジャーが出演した映画である。



アカデミー賞を受賞した映画なので

ご存知の方も多いかもしれないが

同性愛に対する迫害視が厳しき1960年代

しかも保守的なアメリカ南部を舞台にして

描かれる男同士の許されない愛の物語である。



こういう説明を書くと、何やら陳腐だし

設定が設定なので際ものといった先入観を持ちかねないが

物語は、豊かなロッキー山脈の悠然たる風景を背景にして

「人が人を思う哀しさ」を痛切に描く純然たるラブ・ストーリーだった。

私としては同性愛のカウボーイ映画という予断があったので

感動との落差が大きく

思いがけなく見終わった後、数日余韻が残る映画となった。



思うに何でもありの現代にあって、純粋なラブ・ストーリーを描くのは難しい。

状況設定に凝らないとリアリティを欠くのだろう。

時代、地域そして同性愛

こういう三重の状況設定によって報われない愛の哀しみが増幅した。

てっきりプラトニックな話かと思いきや

生々しい交接のシーンもあり

人によっては引く人もあるかもしれないが

作品として描く「人が人を思うこと」の哀切はきわまりない。

人を思わなくなって幾年

ついぞ忘れていた感情を思い起こさせる物語だった。



秋の風が吹き始めた昨今

心にしみる映画をお求めの方に薦めたい。




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