たまにはこういう日があってもいい。
休みなのにゆっくりとした時間を送れない。
意外と時間がない。
こういう人が多いのではないか
たとえそういう状況であっても
無理してこういう日があってもいいと思う。
こういう日とは何か?
一日かけて「自分がこの人生で本当にしたいことは何か?」
これを考える日である。
他のことは一切考えない。
自室に閉じこもって考えるもよし
あるいは郊外に出て自然の中で考えるもよし。
異論があるかもしれないが
今は幸福な時代である。
色々問題はあるにしても
国内で戦火とは無縁だし
物理的にも恵まれた国、時代である。
どう生きるかを考える余地のある時代に生きている。
そんな面倒くさいことは考えたくない。
一生懸命生きて死ぬときが来たらそれで死ねばいい。
それも一つの考えだろう。
しかし何らかの意味を見出したければ
年齢は関係ない。
「自分がこの人生で本当にしたいことは何か?」
つきつめて考える時間を作ることはけして無駄ではないだろう。
そもそも生きるとは
生活のためにあくせく日を送ることではないと思う。
不幸にしてそういう境遇の人もいるかもしれないが
多くは考える時間を作ることができるはずである。
下らないテレビは消し
必要のない情報は遮断し
限られた人生
自分が本当にしたいことは何か
考えるのはけして無益ではない。