物語は始まらない。 | インディペンデントで行ってみよう!

物語は始まらない。


私には都合5回の転職歴がある。

最初の転職は31のときでこのときは

若かったこともあって

よくわからないままに決めた感が強い。

すんなり決まりもしたので転職活動の苦労もなかった。

私が本当に転職とは何かを知り

いわゆる転職に伴う苦労をしたのは45のときの転職からである。

転職の限界年齢といわれる35歳を超えること10歳

徒手空拳の転職だったので

色々辛酸をなめる経験をした。

今も落ち着いた状態にあるとは言いがたいが

最近、苦労した頃をふり返って

なぜ安定した環境を捨てて

わざわざ苦労するような道を選んだのかと思うことがある。

直接的な理由としては

人間関係のあつれきや社内での処遇に対する不満があった。

そうした直接的な理由とは別に

心理的な理由として

自分なりに自分の物語を求める心性が働いた面もあったように思う。

物語を求める心性とは何か

安定はしているが起伏のない平坦な先行きや

変わりばえのしない日常にひどく倦んでいたのである。

平凡な人間が平凡な日常に埋没すること

はてのない日常の反復に静かに絶望し

そこから逃れたくて

自分なりの「物語」を求めたような気がする。

こう書くと何やら格好いいが

要は自分の退屈な人生にうんざりしていたのである。

終着駅の見える平坦な軌道に嫌気が差して

自ら下車して、行く先不明の冒険を求めたのである。

背景にはそんなシンパシーがあった気がする。


で、結局、私は自分の物語を見つけることができたのかというと

何か迷走しただけで

たいして変わらなかった気がする。

多少変化に富んだといえば言えるし、

右往左往迷走しただけと言われればそれまでの気もする。

こんなことであれば

迷走しなければよかったとまでは思わないが

結局たいした物語はつむぐことはできなかったのではないか

最近そういう気がしている。



労多くして効少なし

世の中には知らなくて済む苦労なら知らなくてもいいものがある。

他者の痛みが幾分わかるようになったといえば聞こえはいいが

何、そんなふうにでも自分を納得させないと

自分の人生を肯定しようがないのである。