労働時間当たりの生産性
企業が内部管理に使用する経営指標には様々なものがある。
業績評価に連動するものとなれば
当然、部門別損益を見ることとなり
部門別損益も会社により様々で
売上しかみない大雑把な会社もあれば
当該部門の利益だけを見る会社
あるいは間接部門のコストを配賦した貢献利益を評価する会社と
その会社の経営管理の程度によって大きく変わってくる。
私の仕事の一つは、部門別損益管理の仕組みを作ることで
最近その設計の根幹に入れようしているのが
「労働時間当たりの生産性」である。
以前は単純に部門別の利益で評価すればいいと考えていた。
考えが変わった背景はこうである。
日本のホワイトカラーの生産性は低いと言われ
なかなか改善されない。
また一方で社会的風潮として
会社に全面的に依存した人生ではなく
個の生活も重視しようという考え方
いわゆるワークライフバランスの考えも台頭してきた。
いい加減滅私奉公の働き方
全人生を会社に捧げるような生き方は、創業者じゃない限り廃するべきだろう。
私はそういう考えである。
しかし慢性的残業は一向に減らない。
また長時間労働を評価する経営者も多い。
経営者が長時間労働を評価していると
暗黙のうちにその意を汲んで、ダラダラと会社に残る奴が出てくる。
トップが元トリンプの吉越社長のような人物でない限り
会社の意思として残業削減など徹底できないのである。
凡百の経営者は仕事の質を見る目を持たないから
在籍時間でしか個々の能力を評価できない。
こういうことを許す限り
この国でワークライフバランスの実現など
ただのお題目に終わる。
であれば、評価の基軸を「労働時間当たり生産性」に置くしかないのである。
要は限られた時間で最も高い貢献のあった部門、人を高く評価する仕組みを作るしかないと考えている。
生産性を基軸に置けば
長く会社に残れば残るほど生産性は低くなるので
結果的に残業の低減が自発的な行動として出てくる。
ただこれは諸刃の剣で
運用が誤解されると
限られた人員が長時間働くことにもなりかねない。
また自宅に仕事を持ち帰ったり、
あるいは退社時間を記録した後のサービス残業なんていう行動も誘発しかねない。
これらは仕組みの楔として制限することを考えなければならない。
簡単な話ではないが
評価の仕組みは時間をかけて精度を上げていくものである。
少なくとも単純な利益の評価ではなく、生産性を重視することで
慢性的残業を評価しない風土形成は可能だろう。
私はこれを今の勤め先で実践しようと考えている。
最初に取り組むべきは経営者の教育からである。
察するにどうも長く会社にいる奴
必要もないのに土日に出てくる奴をよくやっていると評価しているらしい。
そういう考え方を変えない限り
会社は不夜城と化す。
私の考えだが従業員の犠牲の上に成り立つ会社など社会的に存在する理由はない。