面ろうてやがて悲しき
衛星放送でティム・バートンの「エド・ウッド」を見ました。
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1950年代、「プラン9・フロム・アウター・スペース」を初め、
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チープな映像と安直な展開で、史上最低監督と評されたエド・ウッドの半生を描いた映画です。
史上最低映画監督と言われながら、今、多くの支持者が存在するのは
エド・ウッド本人は真剣に撮影し、そして傑作と疑わなかったところで
それがいわゆる普通の「お馬鹿映画」とは一線を画したものになっています。
ティム・バートンやタランティーノらが彼への敬愛を表明するのは
作品の質はともかく映画への無償の愛情を感じるからでしょう。
「エド・ウッド」は劇場公開時も見たのですが、
そのときはさほどの感銘は受けなくて
今回改めて見て「面ろうてやがて悲しき」悲哀を感じ
いい映画だったのだと見直しました。
映画というのは見る者の見るときの心象にシンクロして評価は変わります。
今回私の琴線にふれたのは
おそらく最低監督エド・ウッドのすべてを受容しようとするキャラクターが
今の私の心情と合致したからではないかと思います。
以前の私は仕事をする上で、かなり線引きを明確にしていました。
責任の範ちゅうが明確でなければ
多くのことは引き受けないという狭量なところがありました。
それが色々な経験をしたこともあるのでしょう。
ただ単に面倒なことを押しつけられていると感じることもありますが
頼まれるうちは
その依頼に応えようという気持ちに変わりました。
はなから断るのではなく、受け入れる方向でまず考えてみる。
そしてできそうかどうか検討する。
受諾の可否の判断はそれからでもいいと
非常に柔軟に受容する姿勢に変わりました。
そういう自身の心境変化をエド・ウッドの性格に置き換えて見たのかも知れません。
それで味わい深く鑑賞することができたのでしょう。
仕事は「これはやるけど、あれは嫌だ」というものではないように思います。
便利には使われたくはありませんが
人は頼まれるうちが花
内容も確認せず断るのではなく、とりあえず受容してみる。
そういう姿勢も大事と考えています。