成果主義とうつ病 | インディペンデントで行ってみよう!

成果主義とうつ病


私の年齢だとかつて牧歌的な勤め方が可能だった時代を知っています。


それがグローバル化の進展に合わせて


ホワイトカラーの生産性が問題となり


どこも成果主義の考え方を業績評価に入れるようになりました。


これ以降でしょうか


会社の中でうつ病で苦しむ人が多くなったのは


成果主義はいかにも西洋的な考えの合理主義です。


その根底に共同社会を営むという意識は希薄です。


企業は営利を追求する組織なので


成果主義の考え方を入れるのは当然ですが


私が考える一番の問題は


成果主義の考え方をすべての人に適用するところにあるように思います。


多く貢献した者、結果を残した者が多く報われる仕組みを作ることは必要ですが


すべての人に強制的に適用する必要はない。


なぜならアグレッシブな人もいれば


協調的で争いを好まず、変化の少ない安定した生活を好む人もいるからです。


そして日本人はこういう気質の人が多いように思います。


元々同質性の高い社会であり


他人を押しのけてまでもというメンタリティの人は少ないように思います。


しかし成果主義の一律の導入は、そういう穏やかな気質の人にまで


等しく鞭を入れる。ここに無理がある。


結果を残した人物に比べ報酬や待遇で差をつけるのは当然としても


生存まで脅かすような追い込み方をしてはいけない。


要は頑張った人が頑張ったなりに報われる制度があればいい。


頑張らなかった人はそれなりの処遇にとどめるが、居場所を失うような追い込み方はしない。


こういう制度設計が必要なのではと考えています。


こういうことを言うと


そんな悠長なことではグローバルな戦い方には勝てないという借り物の意見も


聞こえてきそうですが


私は全員が全員しゃかりきに働くような組織は長くもたないし


実は生産性の面でも劣るのではないかと考えています。


聞けば蜂の世界にしても働き蜂すべてが身を粉にして働いているわけではないという。


中には遊んでいる蜂もいるそうですから


組織として結果を残すためには


頑張る人もいればそうでない人もいる。


その事実を許容し、結果を残した人が報われればいい。


仕組みさえ確立しておけば、ときに頑張る人が入れ替わる場合もあるわけで


私はこういう制度設計の方が弾力的だと考えています。


道具でも遊びがなければ破損しやすいように、組織も同じことなのではないでしょうか