向こう傷の多さを評価する土壌がない。 | インディペンデントで行ってみよう!

向こう傷の多さを評価する土壌がない。


日本では転職回数の多さは、忍耐力の欠如と見られて否定的に判断される傾向があります。


4回、5回ともなれば人間性まで疑われかねません。


しかしところ変われば考えも変わるということで


たとえばオーストラリアなどでは


転職回数が問題になることはないといいます。


キャリアを重ねていれば、それはむしろ肯定的に評価される材料だとも言う。


どちらがいいという議論をする気はありません。


考え方により見方は異なり、


個々のケースをみなければ一概に論じることなど無意味だと考えています。


ただ私が残念だと思うのは


この国の慣習としてチャレンジする意欲を高く評価する見方がないことです。


徒に安住せず、自らの可能性を信じて試みようという気概


そういう勇気を評価する土壌がない。


試行すれば当然失敗はあります。その失敗が向こう傷にもなる。


その向こう傷を勇気の証として評価するところがない。


評価どころか単線型の人生が前提なので、一度脱線すると軌道に戻るのがすごく難しい。


何を言いたいのかというと


転職も一面でチャレンジという側面があるということです。


実際には直面する現実からの逃避ということもあるかもしれませんが


何にせよ従来の軌道からの一旦下車、路線変更はそれなりに勇気を必要とするということです。


このチャレンジの勇気とエネルギーはもう少し肯定的に評価されてもいいものだと私は考えています。



よく聞く定年退職時のあいさつの言葉


「大過なく過ごすことができました。」


これを聞くと


何だ?何もしなかったのか?」ただ漫然と唯々諾々として定年を迎えたのかと私は思います。


言葉尻をあげつらう気はありませんが


大過ないというのは逆に恥ずかしいことだと私は考えています。



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