「恐れの中で」創世記20章 | ロックな税理士 原 眞人の「プロ社長を目指せ!」 伊豆夢(イズム)の日記

ロックな税理士 原 眞人の「プロ社長を目指せ!」 伊豆夢(イズム)の日記

ロックと聖書でマーケティングを語る、ロックな税理士 原 眞人の伊東市から発信する中小零細企業の社長のための、「経営」「財務」「税務」のお役立ち情報です。

おはようございます。伊東市・中小企業元気アドバイザー、

伊豆夢(イズム)こと

ロックな税理士、原 眞人(ハラマサト)です。

■「恐れの中で」創世記20章

川奈聖書教会火曜礼拝では、

アブラムの生涯を中心に創世記を学んでいます。

1.同じ過ちを犯すアブラハム

20:1
アブラハムは、そこからネゲブの地方へ移り、

カデシュとシュルの間に住みついた。ゲラルに滞在中、

アブラハムは、自分の妻サラのことを、

「これは私の妹です。」と言ったので、

ゲラルの王アビメレクは、使いをやって、サラを召し入れた。


今晩の箇所は再びアブラハムの汚点となる事件が

記されています。

しかも、この失敗はかつてエジプトへ下ったときの

出来事に酷似しています。

同じ過ちを繰り返すのが人間、なんとも情けない

信じられない出来事に思えます。

しかし、こうのような失敗を私たち一人、一人

少なからず、日々の生活の中で犯しているのではないでしょうか?


ゲラルはヘブロンからおよそ80キロ南の町

なぜ、住み慣れたフブロンからこのゲラルへ移動したのか

その理由は記されていません。

おそらく、ヘブロンの地方で飢饉が起きたのではないか

と考えられます。

というのも、アブラハムの息子となるイサクもまた

飢饉が起きたときに、ゲラルに移動する記事がある

からです。

いずれにせよ、生活の何らかの問題に直面したため

アブラハムはゲラルへ出て行った。

ゲラルは後の時代に巨人ゴリアテで有名なペリシテという

国になることからも分かるように、獰猛な民族でありました。

アブラハムはゲラルの人々のことを恐れ

美しいサラを見て、自分を殺し、妻を召しいれる人が

現れるのではないかという恐怖心から

自分の妻を「妹」と偽った。

老年期にあるであろう妻サラを

自分を殺してまで奪い取られるかもしれない

よっぽどサラが美人であったのかもしれませんが

ある種アブラハムの中に強迫観念のようなものが

あったのではないかと考えられます。

人はそれぞれ弱さを抱えています。

周囲からみると理解しがたい、本人だけが過剰に

不安を感じてしまう。そういうことが誰にでも

多かれ少なかれあるのではないでしょうか。

学歴を過剰に気にして、子供の学校に執着する人

お金の心配を過剰にする人

子供が成長する前に自分は死んでしまうのではないかと

不安を抱える人・・・・

アブラハムもおそらくそういう不安の中で

再び、妻サラのことを「私の妹です」と偽ります。

かつて12章のエジプトでは、エジプト人が

サライの美しさを見て、パロに推奨するという

出来事があったわけですが、この20章では

そういうことは何も書かれていません。

ゲラルの町の人は誰もサラが美しいとか

サラをどうのこうのと言っていない。

誰も何も言っていないのに、アブラハムが自分から

「これは私の妹です」と、聞かれる前から言いふらしている。

こうなるかもしれない、ああなるかもしれない

そう考えて、先に手を打っておこうと余計な小細工をして

結果、そうやって自分の不安を自分で現実化させてしまう。






2.逃げられない生き方は不自由

誰にも弱さ、欠点がある。

不安になったり、恐れに苛まれたり

それは悪いことではありません。

そういう場所で、私たちは感情によって暴走せずに

立ち止まることができるかが問われるのです。

星野富弘さんがこうのように言いました。

「立っていても倒れても、ここはあなたの手のひら」

私たちは倒れてしまうことがある。

恐ろしくてしゃがみこんでしまうとき

涙が止まらないとき

そういう人生の様々な出来事、全てが神の手のひらにあります。

大きな主の御手の中で、私たちは笑い泣き、恐れ喜び

生きている。だから安心して倒れ、安心して涙することができる。

私たちがやってはいけないことは、恐ろしくなったときに

その恐れに抗って、倒れないように自分の力で問題に

ぶつかってしまうことです。

何とかして倒れないようにと不安に煽られ戦って

そうやって同じ失敗を繰り返してしまう。


戦うことがいつも良いわけではありません。

逃げ出すことが良いことが沢山あります。


子供のときに親から暴力を受けていた方が

大人になって暴力を振るうパートナーを選んでしまう

ことが起こります。

戦ってしまうから、こういうことが起きます。

過去に自分を守ってあげることができなかった

シチュエーションがずっと心の傷として残っている。

強い親に対して無力だった自分

大人になって同じシチュエーションに遭遇したとき

「今の私はあのときと違う。今度こそ自分を守ってあげられる」

そうやって過去の痛みを乗り越えようとして

同じシチュエーションの中にはいって

結局、同じ痛ましい結果を繰り返してしまうのです。

弱いものは生き残れない、強気なければダメと

思っているから、弱い姿を見せられない

逃げ出すことが出来ないのです。

逃げられない生き方、あらゆるものと戦わないでは

いられない生き方というのは不自由ですし無駄です。

確かに戦わなくてはいけないことがある。

神様から与えられた使命においては徹底的に戦わなければ

なたないことがある。だからこそ無駄な戦いなどしては

おられない。

神様の手のひらにある時にこそ、自分の弱さを認めたときに

私たちは人生をかけて戦うべき一事が何であるかを見出すのです。

負けてよいこと、逃げ出して良いことをわきまえた人が

本当の意味で強い人であるし、神様に用いられる人です。


アブラハムは戦ってしまった。

この不安をどうしよう。ああいうことが起きるかもしれない。

何とかしなければいけないと、自分の力で戦を挑み

結局、「この女は私の妹です」と同じ結果を招いてしまった。


3.誰が私の人生を傷つけるのか?


20:3
ところが、神は、夜、夢の中で、アビメレクのところに来られ、

そして仰せられた。

「あなたが召し入れた女のために、

あなたは死ななければならない。

アビメレクはまだ、彼女に近づいていなかったので、こう言った。

「主よ。あなたは正しい国民をも殺されるのですか。

彼は私に、『これは私の妹だ。』と言ったではありませんか。

そして、彼女自身も『これは私の兄だ。』と言ったのです。

私は正しい心と汚れない手で、このことをしたのです。」



20:6
神は夢の中で、彼に仰せられた。

「そうだ。あなたが正しい心でこの事をしたのを、

わたし自身よく知っていた。それでわたしも、

あなたがわたしに罪を犯さないようにしたのだ。

それゆえ、わたしは、あなたが彼女に触れることを許さなかったのだ。


ゲラル王アビメレクと主の会話です。

この一連の会話から、ゲラル王アビメレクが非常に誠実で

正しい人物だということです。

これに対しアブラハムはというと

20:9
アビメレクはアブラハムを呼び寄せて言った。

「あなたは何ということを、してくれたのか。

あなたが私と私の王国とに、こんな大きな罪をもたらすとは、

いったい私がどんな罪をあなたに犯したのか。

あなたはしてはならないことを、私にしたのだ。」



これに対し、アブラハムは

20:11
アブラハムは答えた。

「この地方には、神を恐れることが全くないので、

人々が私の妻のゆえに、私を殺すと思ったからです。


ゲラルの人々が獰猛で神を恐れることを知らず

殺される可能性があったからだと主張します。

しかし、そんなアブラハムを蚊帳の外におくような

アビメレクと神様との会話

ここでもやはり問題は空回りするアブラハムの不安である

ことが分かります。

実際にはアビメレクは主を恐れ、主の言葉に従っている。

主を恐れていないのはゲラルの人々ではなく

アブラハム自身なのです。

私たちも同じような失敗をします。

「あの人はこういう問題を抱えているからが心配だ。」

と散々、言いながら、いつも問題となるのは

「自分自身」なのです。

誰かが私たちを傷つけることも人生をめちゃくちゃにする

ことはできません。

私が間違えない限り、誰も私たちを傷つけることはできません。

しかし、現実を見たときに、私たちは間違るのです。


結局、この事件においても、主の一方的な憐みによって

アブラハムとサラは事なきを得るわけです。

来週学ぶ21章で、ついに約束の子「イサク」が

誕生します。

何十年待たされたアブラハムの姿、

いよいよという直前のときに起こったアブラハムの失敗。


しかし主はこのどうしようもない失敗を

も憐みのうちに意味あることとして用いて下さった。

主はアブラハムの失敗をも用いて

アブラハ自身の愚かさを刻みつけ、主の一方的な

お恵みの中で生かされいる事実を刻み付けて下さった。

恐れの中では戦ってはいけない。

弱さを打ち消すための戦いは不毛だ。

弱い私たちを用いようとして下さる神様に気付いたときに

本当に戦うべき一事が見えてきます。

その時には、主は私たちを勇者として立ち上がらせて

下さる。



大事なことは、いつも聖書とロックが教えてくれた。


ラヴ&ピースKeep on Rock’n


今日も楽しく、誇りをもって行こう!