ロックな税理士、原 眞人(ハラマサト)です。
この火曜礼拝ブログは
この火曜礼拝ブログは
川奈聖書教会・火曜礼拝における
山口光仕牧師の説教をもとに編集したものであり
オリジナルの説教とは多少、
異なることをご理解下さい。
1.「我」とは?
今晩の箇所には、ふしぎな出来事と教えが記されています。
14節「さて、イエスは悪霊を追い出しておられた。
それは口をきけなくする悪霊であった。
悪霊が出て行くと、口がきけなかった人が
ものを言い始めたので、群衆は驚いた」。
口がきけないということは、恐らく耳も満足には
聞こえなかったのだろうと思います。
そのような男を主イエスがお癒しなさった。
その光景を見ていた人々は、14節の後半にあるように「群衆は驚いた」。
このベルゼブル論争のマルコ福音書における並行箇所を読んでいきますと、
イエス様の働きの噂を聞いた主イエスの実の家族・親戚の反応が記されています。
マルコ3:21
「これを聞いて、イエスの身内の者たちはイエスを連れ戻しに出かけた。
人々が『イエスはおかしくなった』と言っていたからである」。
“イエスはついにおかしくなった”、と人々が言い出した。
この「おかしくなる」という言葉は、
ギリシャ語では「外に出る」という意味を持つ言葉です。
「自分の存在から外へ出てしまう」、という意味を持っています。
つまり主イエスの家族や周囲の人々が、イエス様のことを
「我を失っている」と感じたと、聖書はそのように語っているのです。
「我」とは何か、「私」とは何者か。人類がずっと問い続けてきた命題です。
近代哲学においては、17世紀の哲学者デカルトの
「我思う、故に我在り」という言葉がよく知られております。
それまで「神の御前にある我」という、創造主なる神様の御前にあって
確かに認められてきた“私”を、神様を出発点とせず、
“私”の側から確立しようとした近代哲学。
例えば、ここで牧師の話を聞いている「私」という存在が確かに実在すると、
どうやって証明できるか。もしかしたら夢を見ているだけかもしれない。
そもそも私という存在そのものが幻なのかもしれない。
そのように自己存在を追求しながら……、いやしかし、
こうやって「私とは何者か」と考えている自分が居ることこそが
自己の存在証明ではないか。
「考えていることこそが、“我が在る”ことの確かな表れである」、
このように「私」の側から自己存在の確かさを求めていくデカルトの姿勢が、
近代哲学の基礎となったのです。
しかしながら、そのようなデカルトに始まる近代哲学の行き詰まりというのは、
現代の社会を見る時に明らかなものではないでしょうか。
「私って何者なの。私は何のために生きているの」、
そういう自分探しの果てしない旅の中に多くの人々が迷い込んでいる。
そして人に評価されること、自分を満足させること、人の羨む生活を送ること。
そういう表面的な人との関係性の中に「私」を見出そうとする生き方。
結局「我、私」がどんどんあやふやになり、
一人一人の存在は不確かになっています。
いや、実は近代・現代社会というのは、
「我・私」を失った人間が集まることゆえに
成立していると言えるのかもしれない。
「私」を失った人間が絶え間ない“わたし”探しに生きる。
自分という存在の不安を利用することが商売になり、
また他者との依存的な関係性につながっていく。
一方イエス様の時代を考えました時に、どうでしょうか?
ここまで福音書を学んできて問題になっているパリサイ派、
律法学者たちの存在はユダヤ社会における神の代理人のようであった。
それはつまり彼らが、人々の「私とは何者なのでしょうか」
という問いに答えを与えられる存在だったということです。
当時のユダヤ人は、「我々は神の選びの民である。
そのことの証しは、旧約の律法を厳守している姿に表れている」
という「わたし」に対する明確な答えを持っておりました。
そういう意味で、現代の「わたし」を失った時代とは
正反対のようでありながら、しかし実は全く同じ性質を持っている。
ヨハネ福音書にありますように、長老のニコデモが夜遅く
イエス様を訪ねてきて教えを乞う姿。
実は教師たち自身も不安だったのです。
「我々は神の民である」と胸を張りながら、しかし現実は全く違います。
ローマの支配下に置かれて惨めな状況が続いている。
「私たちは何者か」その不安を抱えながら、
だからこそそれを打ち消そうと大きな声で
「我々は神の民だ!」と叫んだのです。そしてまた、
そのようなまやかしを“まやかし”とおっしゃるイエス様の存在を、
許容することができなかったのです。
聖書に戻りますが、並行箇所のマルコ福音書において、
このイエス様の働きを身内の者たちが
「あなたは我を失っている」と考えたことは非常に象徴的なことであります。
実際にはイエス様が我を失っているのではない。
親戚たちから見て、イエスという存在が自分たちの外に出て行ってしまった。
これまでイエスが属していると思っていた家族、
身内、親戚というコミュニティー、そこにある共通認識の外に
出て行ってしまうイエスへの非難。
それが「あなたは我を失っている。あなたは狂っている」
という非難だったのです。
家族として、親戚・身内・町の一員として共有すべき
「わたし」の内に留まらないイエス様への反発です。
同じような図式において15節で群衆の中の幾人か、
恐らくは宗教教師たちでありましょうが、彼らが言うのです。
「しかし、彼らのうちのある者たちは、
『悪霊どものかしらベルゼブルによって、悪霊どもを追い出しているのだ』
と言った」。
ベルゼブルというのは悪霊の頭、サタンと理解して良いでしょう。
イエス様を批判する人々は「イエスはサタンにとりつかれている。
だからあんな不思議な業が出来るのだ。
こんなことは神の力ではありえない。あの怪しげな雰囲気を見ろ」、
そんな風に言っているのです。
自分たち、聖書の専門家とは明らかに違う
生き方をしている者は我々の外に出ている者。
そうするとこれはもう悪魔にとりつかれているとしか考えようがない。
私たちはこのような考え方をしやすい者であります。
自分の理解の及ばない人、自分の手に余る不可解な人、
自分たちの共通認識の外にある人をすぐに
「あの人はおかしい。自分たちの仲間ではない、外の人だ」
と排除して片付けようとする。
大切なのは、家族・身内・社会、このような中で持たれる
「我々」と呼べる認識の共有。
これを破っている人はサタンに属するとさえ言われてしまう。
主イエスの「我、わたし」はそういう人間の作る共通認識からはみ出していた。
主イエスがなさっておられたことというのは、
人々から見ると「気が狂っている」と思えるようなことだったのです。
ある人がこのように言いました。
「人生とは、私たちの価値を決めるポイント(点数)を
誰かが書き込んでいる大きなスコアボード(点数表)である。
そして誰かが自分のスコアボードに書き込んでくれる
点数に一喜一憂しながら生きる。
しかしそのことに気付いた時にはもう、私たちは採点する
多くの人々に自分の魂を売り渡してしまっているのである」。
私たちの周りにはたくさん、私たちのスコアボードに
点数を書き込もうとする人がいるのです。
それは意地悪な人ばかりではない。
むしろ「あなたは素晴らしい人だから良い点数をあげよう。
スコアボードを出してご覧」、そのような甘いささやき。
そうして良い点数をもらって私たちは大喜びするでしょう。
すると次に考えることは、今度は何点をもらえるだろうか。
また別の人は何点を取ったのだろうか。
そうやっていつの間にか、自分のスコアボードに
人々が書き込んでくれる点数に心を囚われてしまう。
私たちの心は人の評価によって支配されてしまうのです。
イエス様はここで、「悪霊にとりつかれている」と批判する人々に、
17節からたとえを用いて反論なさっています。
特に21節以下を読みましょう。
「強い者が十分に武装して自分の屋敷を守っているときは、
その財産は無事です。しかし、もっと強い人が襲って来て
彼に打ち勝つと、彼が頼みにしていた武具を奪い、分捕り品を分けます」。
ここに出てくる「強い者」とはサタンのことです。
そして、そのサタンよりも「もっと強い人」とは、イエス様ご自身です。
サタンは人を罪の力によって支配し、自分のものとして手放そうとしない。
しかしイエス様は、そのサタンの支配の中に乗り込んで行き、
打ち破り、そこに捕らわれている人を取り戻してくださる。
イエス様は、そのことを、武装した強い人の家に、
さらに強い者が乗り込んで行く姿にたとえておられるのです。
そう考えると、この「家」は、私たち自身に重ねて考えることができます。
罪の力に支配され、まるでサタンが「ここは自分の家だ」と言って
居座っているような私たちの心です。
しかしイエス様は、「違う。ここはお前の家ではない。
あなたは私のものだ」と言って、私たちを取り戻すために来てくださった。
私たちを罪とサタンの支配から解放し、
もう一度ご自分のものとして回復してくださる。
それが、ここで語られているイエス様の救いの姿なのです。

2.神が私たちを愛しているゆえに私たちに価値がある
伊東の名家出身の早川谷二郎が、アメリカに渡り
1890年サンフランシスコで洗礼を受け、
1897年、伊東で最初のキリスト教伝道者として帰国しました。
彼は伊東の名家の出でありますが、その信仰ゆえに排斥され、
山の中に小屋を建ててそこに十字架の提灯を掲げて、
日曜日に礼拝を行いました。
昼間は小中学校の英語の先生をし、夜は英語塾の私塾を開き、
英語を教えながら伝道をする。
山の中の粗末な小屋に仙人のようにして暮らしながら、
愛情を持って子どもたちを育み、そしてキリスト教をまっすぐに伝える。
お坊さんたちから公開討論会を挑まれて、
たった一人で悠々とお坊さんたちに対していく姿が、
伊東の若者たちの心を捉えます。
結果、近代伊東の新時代を担う若者たちが大勢キリスト者になりました。
伊東町の第二代町長は、早川の愛弟子のクリスチャンでありました。
木下杢太郎という、伊東が輩出した偉人。
作家であり、医学者であり、芸術家であり、
そして切支丹史研究家として知られる大天才。
彼も早川谷二郎に多大な影響を受けて、その文学の中に、
信仰をもってアメリカから帰ってきた早川が、
酒や賭け事・女遊びに興じる町の人々に、神の預言者として正義を語る、
その姿を題材にした作品をいろいろ残している。
特に早川谷二郎の姿を題材にした、
木下杢太郎の『柏屋傳右衛門(かしわやでんえもん)』という作品があります。
早川谷二郎をモデルとしたアメリカ帰りの伝道者・広吉は、
酒・遊興・金銭欲を基盤とする伊東の街の生活様式に対し、
聖書に基づく倫理を提示します。
街の名士である父親に対して「財産と真理は両立しない」と
悔い改めを迫る広吉の言動は、家や街の共同体の秩序を揺るがし、
家業や面目といった「家の論理」と対立します。
広吉は、秩序を乱す存在として伊東の街で排斥されながら、
しかし一方“古い伊東”からの変化を求める若者たちの支持を集め、
神の真理に基づく新たな連帯を伊東に生み出していきます。
大木英夫という神学者が、「世界は教会になりたがっている」
という印象的な言葉を残しました。
イエス・キリストの示された愛や義、悔い改め、
つまり福音によって結び合う教会の共同体のあり方は、
実は社会が求めているものと一致しているというメッセージです。
事実、早川は伊東の古い人々からは徹底的に排斥されつつも、
古い慣習にとらわれず天に目を向けるその新しい生き方が、
130年ほど前の伊東の若者たちに決定的な影響を及ぼしたのです。
確かに、「世界は、社会は、教会になりたがっている」、
そういう面がある。明治期のこの伊東においてさえそうだった。
「私は何者なのだろう」そういう不安を皆が抱えながら、
だからこそ「大丈夫だ・大丈夫だ、私たちはこの町の仲間だ」
「私たちはこの家の一員だ」とごまかし合うのです。
お互いがお互いの望む「私」であることと引き換えに、
「あなたは私たちの仲間である」とのお墨付きをいただく。
もしその輪の外に出るならば、「あの人は狂っている」と排斥されてしまう。
そのことが恐ろしい。
しかしイエス様は28節で言われました。
「幸いなのは、神のことばを聞いてそれを守る人たちです」
神の言葉に従って生きる。
神の家族として、イエス様のお言葉に生きることで結び合う関係性。
宗教改革者マルチン・ルターがこのように言いました。
「神は私たちに価値があるので愛されるのではない。
神が私たちを愛しているゆえに私たちに価値があるのだ」。
私たちの値打ちはどこに始まるのか?
教会という家に共に住まう家族が「我々、私たち」と呼び合える根拠は
どこにあるのでしょうか。
私たちが誰かを、この家の住人として相応しいかどうか評価するのではない。
ここは神の家なのですから、神様が一人一人を認めてくださる。
神様によって呼び集められた者たちの集い、それが教会である。
お互いに神様の主権を認め合う、尊重し合う。
それゆえに、神様の眼差しだけをすべてのメンバーが尊ぶのです。
先ほどのルターの言葉にあるように、
何かができるから認められ愛されるのではない。
無条件にイエス様が私たちを神の家族として受け入れてくださった。
だから私たちに価値があるのです。
理由は分からないけれど、神様は私をご自身の家族として、
神の家に住まわせてくださった。
そして同じように、あの人を、この人を、神様は家族として受け入れ、
神の家に住まわせてくださった。
神様の選び、神様のご愛をお互いに認め合う関係、
それがイエス様がサタンからご自分の家を取り戻してくださった
教会に生きるということです。
ただ神様の選びに信頼して、それだけで結び合うことのできる
教会の交わりに生きられるのが、なんと素晴らしいことか。
だからこそ、他の何も私たちの関係性の接着剤にならないように。
神様を重んじること。神様の御言葉、御心に生きることによって
結び合う軽やかな関係性。
そして本当に強固な交わりを、私たちの教会に現し、
そして広げていくものでありたいのです。
大事なことは、いつもロックと聖書が教えてくれた。
Peace, Love and Understanding
今、ここにある幸いに感謝しよう。

