受験戦争
受験と戦争、この二つの言葉が組み合わさる時代となりました。
凌ぎあい、周りを蹴落とし、手に入れる「合格」の文字。
そうやって手に入れたものに、どれだけの価値があるんだろう。
否、無価値ということはありません。
やっぱり価値はある。ないしは価値が認められている時代だということ。
教師が教壇に立ち、テキストを広げ教えているものとはなんなのでしょう。
勉強それ自体が無意味なわけではなく、何の為に学び、何のために学校に通うのか、その意味が希薄になっている気がするんだ。
逆に言えば、塾なんかの方がよっぽど目的がしっかりしている。
成績を上げるため、志望校に合格するため。
目的がないなら、通わなければ良い。
目的があるから、その分の対価を払う。
「学校」てなんなのか。何故存在するのか。
それを学びたい。今の私は。
凌ぎあい、周りを蹴落とし、手に入れる「合格」の文字。
そうやって手に入れたものに、どれだけの価値があるんだろう。
否、無価値ということはありません。
やっぱり価値はある。ないしは価値が認められている時代だということ。
教師が教壇に立ち、テキストを広げ教えているものとはなんなのでしょう。
勉強それ自体が無意味なわけではなく、何の為に学び、何のために学校に通うのか、その意味が希薄になっている気がするんだ。
逆に言えば、塾なんかの方がよっぽど目的がしっかりしている。
成績を上げるため、志望校に合格するため。
目的がないなら、通わなければ良い。
目的があるから、その分の対価を払う。
「学校」てなんなのか。何故存在するのか。
それを学びたい。今の私は。
相性
本日、お友達とお昼ご飯に出かけました。
そこで、ついつい「恋愛観」なんかについて、お互いの考 えをぶつけあうに至り。
改めて感じたことですが、「価値観」て十人十色なんだね。
当たり前なんだけど、そう感じました。
ご飯に行った方と価値観が全く合わなかった、という話ではなくて、こうやって自身の考えをホントにぶつけてくれる人もいれば、黙ってる人もいる。
それを感じました。
大人になればなるほど、すっぴんのままの感情をぶつけることを控えていく。
だけど、「恋愛」ってどうしても感情の素の部分を隠し通せるものでないから、お互いの価値観をぶつけ合う場面もあると思うんだ。
もしかしたら、「ぶつけ合う」ことが「出来る」って、それだけでありがたいのかもしれない。
「ぶつけ合う」こともせず、大人ぶって…ないしは口にできず、感情を表に出すこと自体を嫌ったら、お互いに疲れてしまうんじゃないかな。
察すってことはもちろん必要だけど、「察す」て、度を超えれば何でもかんでも「疑う」ことにも繋がっちゃう気がするの。
実際、いつの間にか「疑う」ことと「諦める」ことを繰り返してる気が。
どうせ本音ではないし、と疑って、疑って、結局わからなくて諦める。その繰り返し。
共有することを、いつのまにかしなくなっていく。面倒で、疲れるから。
哀しい話だね。
空しい話だ。
そこで、ついつい「恋愛観」なんかについて、お互いの考 えをぶつけあうに至り。
改めて感じたことですが、「価値観」て十人十色なんだね。
当たり前なんだけど、そう感じました。
ご飯に行った方と価値観が全く合わなかった、という話ではなくて、こうやって自身の考えをホントにぶつけてくれる人もいれば、黙ってる人もいる。
それを感じました。
大人になればなるほど、すっぴんのままの感情をぶつけることを控えていく。
だけど、「恋愛」ってどうしても感情の素の部分を隠し通せるものでないから、お互いの価値観をぶつけ合う場面もあると思うんだ。
もしかしたら、「ぶつけ合う」ことが「出来る」って、それだけでありがたいのかもしれない。
「ぶつけ合う」こともせず、大人ぶって…ないしは口にできず、感情を表に出すこと自体を嫌ったら、お互いに疲れてしまうんじゃないかな。
察すってことはもちろん必要だけど、「察す」て、度を超えれば何でもかんでも「疑う」ことにも繋がっちゃう気がするの。
実際、いつの間にか「疑う」ことと「諦める」ことを繰り返してる気が。
どうせ本音ではないし、と疑って、疑って、結局わからなくて諦める。その繰り返し。
共有することを、いつのまにかしなくなっていく。面倒で、疲れるから。
哀しい話だね。
空しい話だ。
人はそんな輝いていないか ら
人は、自分が思うほど誠実ではないし、身の回り全てに誠実でいられる人なんていないと思う。
例えAという人(ないし事柄)に対し自分が最大限に誠実な態度を取っていたとして、Bに対し不誠実な態度を取っていたとしたら、「自分はAに対し純粋な想いを貫いている」と胸を張って言う権利があるのか。
純粋さ、誠実さ。それが何かも答えることは出来ないけれど。
「自分は人がサジを投げてしまうような展開に対し、こんなにも時間と労力を注いでいるのだ」という気持ちは、多分誠実とは違うと思うんだ。
若輩者の私がどうこう言うことではないけれど、「こんなに頑張ってる自分」が評価されないこと、誤解されること、詰られること、に不平不満を募らせてる以上、先は見えない。
「こんなに頑張ってる」のは、自分の為。自分の判断。自分の意志。
周りの為だろうと人の為だろうと、それは自分の意志で行っているの。
評価されなくて当たり前。受け入れられなくて当たり前。
人の上に立ってる気分で、上から目線で人を見下してる間は、周りの速度に気づかない。周りが、とっくの昔に自分のことなんか追い抜かして、先へ先へ突き進んでいることに気づかない。
灯台は、とても高い所から無限の先まで明るく照らすような光を発しているけれど。それは幻想でしかなくて。
動けない自分、いつも同じところしか照らせない自分に気づいた時。
足下の暗さと、そこには誰もいなくなっていたことに気づいた時。
君はどう動くの。



例えAという人(ないし事柄)に対し自分が最大限に誠実な態度を取っていたとして、Bに対し不誠実な態度を取っていたとしたら、「自分はAに対し純粋な想いを貫いている」と胸を張って言う権利があるのか。
純粋さ、誠実さ。それが何かも答えることは出来ないけれど。
「自分は人がサジを投げてしまうような展開に対し、こんなにも時間と労力を注いでいるのだ」という気持ちは、多分誠実とは違うと思うんだ。
若輩者の私がどうこう言うことではないけれど、「こんなに頑張ってる自分」が評価されないこと、誤解されること、詰られること、に不平不満を募らせてる以上、先は見えない。
「こんなに頑張ってる」のは、自分の為。自分の判断。自分の意志。
周りの為だろうと人の為だろうと、それは自分の意志で行っているの。
評価されなくて当たり前。受け入れられなくて当たり前。
人の上に立ってる気分で、上から目線で人を見下してる間は、周りの速度に気づかない。周りが、とっくの昔に自分のことなんか追い抜かして、先へ先へ突き進んでいることに気づかない。
灯台は、とても高い所から無限の先まで明るく照らすような光を発しているけれど。それは幻想でしかなくて。
動けない自分、いつも同じところしか照らせない自分に気づいた時。
足下の暗さと、そこには誰もいなくなっていたことに気づいた時。
君はどう動くの。



- サプリ (2) (Feelコミックス)/おかざき 真里
- ¥980
- Amazon.co.jp
- 話が変わって、月曜ドラマ「サプリ」。
キャスティング的にさほど期待してはいなかったのだけど、要所要所の台詞が良いね。光ってる。
「恋愛って、相手の人生に関わるってことなんだよね。相手の人生に関わらなくなって、約束した未来と、違う場所にいる自分」
そんな台詞を伊東美咲氏が口にしていて。ああ、ホントにそうだね。それでも時は進んでいくから、人生は無常で儚く、輝くんだね。
「半人前の仕事で一人前の要求をしない」
「一直線に進むこと、それは見ていて気持ちいいです。だけど、曲がったり、技を使ったり、そういうことが悪いことだとは思わない。そういうことも学ぶべきです」
色々あったけど、どれも考えさせられる台詞で、うん、良かった。
CMプランナーのドラマ、「意味ある一秒」を意識したドラマなのかなあと感じさせるものがありました。
何かを感じる。感応する先に、表現が生まれる。それが一瞬だとしても、一瞬だから美しいものもきっとある。
人生は短く、星々ほどの瞬きを身にまとえないから。