漆黒の花嫁
見てきました、デ・パルマ監督作品『ブラック・ダリア』
マコケと二人、お約束してレッツゴー!久々で楽しかった★★
で、その内容。
カメラワークはまさにデ・パルマ流という感じ。作り込んだセットや、セピア調に感じる光の具合が、クラシカルな時代特有の空気を醸し出しており。
特に主演のJ・ハーネットが良かった~かっこよい!
若さと誠実さ、甘いマスクにマコケと一緒にメロメロ(笑)
様々良いところもあったのだけど、一方で「残念」が多く残る映画でもありました。ブラックダリア事件のことは知識が無くても問題ない映画なのですが、謎解きに至る過程において、「え、まだ続くの?」的な印象を感じる場面がいくつかあり。
登場するヒロイン達に翻弄される主人公が、その中で事件に疑問を持ち続け一人真実を追い求めるわけですが…主人公が何故事件に執着するのか、見ている側には伝わりにくい。
また、映画の最後も評価が分かれるかな~という印象でした。
おい!それで良いのか?!的な(笑
何にしてもおもしろかったですよ。マコケとデート、楽しい時間をありがとう★
日々、思うこと。
集団の構成理念を理解すること?
明確な活動上のルールを設けること?
素晴らしいリーダーシップを発揮すること?
どれも違う、と私は考えています(一般論でないかもしれないけれど…)
活動集団を構成する最低要素。
それは、活動に参加すること。
…なに言ってんだい、と言われそうです。(いつもの事ですが)
しかし、最低要素・最低条件はこれのはずなんです。
集団は、活動は、「人」がいなくちゃ生まれない。
「人」が存在しない場所に、集団も活動も存在しないの。
逆を言えば、活動に「参加してくれる人がいるから」、活動は始まり、集団は成り立ちます。
どんなにリーダーシップを発揮できる人がいようと、活動理念について深く考える人がいようと、そこに「参加」していなければ意味はない。
自分がその集団活動に参加していないのに、好き勝手自己主張だけする権利はないはず…なんです。それは、筋が通らないから。
でもね、世の中はそうではなくて。
声が大きい人、自己主張が強い人、自分を正義と疑わず、不利益を声高に訴える人が、さも当然のように不平不満を宣言し、それを通す為に他を批判する。
周りを見ないで、人を傷つけて、その言葉の鋭利さに気づかず軽い気持ちで人を罵倒する。
それがまかり通るのが、世の中なのか。
私がいる世界が、なんかちょっと異質なのか。
てゆーか、自分子どもなのか。
強くなれば、良いのかな。
強くなって、傷つかない。ちゃんと流せるワザを身につけて。
そういうことが、大切なのかな…と思う、今日。
足踏み
本日はバイト先にて、ちまちま事務作業を行いました。
朝早くから集まって、マコケやクマ太郎、モコモコ羊と一緒にちまちま、ちまちまチラシ作り。
マコケ&クマ太郎は愉快な空気に耐えきれず、笑い転げてチラシが吹っ飛び、私&モコ羊は二人を罵倒しつつ愉快に仕事を続けました(名称だけみると、もはや森の仲間達)
爽快な時間(?)を過ごしました。
さて…ラッシーと出会い。今日明日は出会うことはないかな、と感じていましたが、運命なんだかどうなんだか、昨日の今日で出会うことに。
元気ないかしら…とちょっと心配していたわけですが、見た目はそれなりに平常で。
けれど、やっぱり繕っていたかな…。(繕えるだけましなわけですが)
結局、周りに他の人がいらっしゃる間は平常を装っておられましたが、二人きりの帰宅中はもう会話がなく。
電車に乗る前に「俺の夢、覚えてる?」と聞かれて、答えたのが最後でした。
知っているよ…呆れるほど聞いたから。目をキラキラさせて何度も話してくれた、ずっと願い続けてきた夢。その夢が潰えたこと、あなたにとってどれだけ辛いのかは私にはわからない。
側にいるだけ。
どんな言葉もかけません…あなたの辛さや思いは、あなただけのものだから。
乗り越えて、また見付けてください。
今はまだ、悩み続けるだろうけど…きっと気付くから。
何があっても叶えたい、何を犠牲にしても叶えたい、あなたしか叶えられない…そんな夢をまた、見つけて。
結局のところ、恋愛だけに走る男には惚れられないんだね(苦笑
恋愛捨てたって良いよ、恋は10番目でも良いよ。
それで良いから、前を向いて、また走って。
はちゃめちゃ走ってる姿が、やっぱ良いんだって。