昨日、日曜日の朝日新聞地方版に

 

~「ファッション」にまつわる証言~という戦中・戦後の特集記事がありました。

 

被爆地長崎の一般市民の証言をもとにした「ナガサキノート」というシリーズの一環です。

 

そこに書かれていたことは

 

平和な今を生きる私には想像できない装いへの思い。

 

主に、当時10代の若い女性、あるいは女の子の証言集です。

 

 

12歳のころ、お姉さんのハイヒールをこっそり履いてみた少女は

 

戦争が終わって復興したら自分もハイヒール履いて街を歩いてみたいな

 

と、憧れを持っていた。

 

しかし、16歳の時女子挺身隊で働いていた軍需工場で被爆。

 

7回の手術をしたものの、両脚は元には戻らず、

 

ハイヒールは一度も履けないまま夢と消えた。

 

あの世で履けるかもしれないと記者に語ったそうです。

 

 

他にも、被爆講和をする女性でとてもおしゃれで、

 

それが派手すぎると言われることもあった女性の話。

 

講和の際にもヒョウ柄のワンピースに真っ赤なマニキュア。

 

批判されても着たいものを着ていた彼女が、

 

唯一着なかったのは

 

半袖の服。真夏でも。

 

15歳の時、学徒動員で兵器工場にいた際被爆。

 

後頭部に拳ほどの穴が開き、髪が生えそろうにも10年かかったそう。

 

腕にはケロイドが残り、腕からはガラスの破片が出てくると話していたそうです。

 

 

 

戦時中の証言には、敵機に見つからないように夏でも黒の長袖を着せられた、

 

とか、

 

三つ編みの先に紫のリボンを付けただけで先生に派手だと注意された、

 

などの話も。

 

 

当時の人は大変だった、気の毒だ

 

今を生きる私たちは幸せすぎるんだ、

 

感謝せねば、なんて言うのは簡単だし

 

意味はない。

 

比べても仕方がない。

 

でも、ずっと着ることのいろいろを考え続けていたタイミングで

 

この記事に出会えたのは、とてもありがたかったです。

 

着ることの意味の一つの側面が確認できた気がしました。

 

 

 

株のこと:受験のこと:着るもののこと

 

2:6:2

 

最近の私の頭の中は、

 

こんな比率で構成されてる感じです。

 

いや、家事や仕事等もちろんほかのこともちゃんと考えてはいます(^^;

 

 

で、

 

ここ数日、着るもの(履くものも含め)について

 

感じたことを備忘録として。

 

・最近は「ハレ」と「ケ」と区別がなくなり

 

それが寂しい。

 

私が子どものころは、行く場所や日によって

 

「普段着」と「よそ行き」を着分けさせられてました。

 

普段着ほど気に入ったものを上質のものを、という考えもありですが

 

「よそ行き」って考えも素敵だと思う。

 

気取らない、頑張りすぎないカジュアルな装いが今は主流で、

 

おめかしなよそ行きを着た途端になんか古い人になってしまうけど、

 

昔の映画で見たような普段着とは違う装いに私は惹かれます。

 

 

・ジェンダーフリー傾向も、やっぱり寂しい。

 

今やスカートは少数派。

 

みなさんパンツ。

 

そして、色味も男性と変わらない。

 

男女の服装をことさらに分ける必要はないかもしれないけど、

 

やっぱりスカートやハイヒール、明るい色は身に着ける楽しみがあるな~

 

 

誰だって、好きなものを好きなように着ればいいのだから、

 

私も流行や風潮をあまり気にせず、

 

周りに迷惑をかけないレベルで好きなものを着たいと思います。

 

そんなことができるのも、生きてる間だけ。

 

人生もうとっくに折り返し、

 

足腰とか気になり始める年代だからこそ、

 

今のうちにおしゃれしとこう!

 

 

なので、

 

よそ行きが映える機会をこれからは作ろうと思います。

 

そして、スカートとハイヒールを諦めないで履き続けようと思います。