政府や権力者をクソだと思っても、
それを変えようとして変わることはない。
それは、
自分に置き換えるとよくわかってくる。
「変えろ」って外圧がかかったときにどうするか。
むしろ、ますます頑なになって変えようとしない。
厄介なところに、自らのプライドを守りたいから、
あたかも変えるような素振りを見せつつ、
良い子ちゃんぶりながら巧妙に別の手を打ってコントロールし続ける。
これが人間の集合意識のなかで、
ごく自然に行われていることである。
表の顔では聖人君子を気取り、
腹の中では悪魔が笑う(*`艸´)ウシシシ
かつてはそれで通用していたけど、
いまはネット情報が氾濫しているから、
いくらでも「反目」を前提とした発信に触れてしまう。
そして、そこにはまりがちな傾向にもある。
いつの時代でも、民衆は自分のたちより上の立場を妬み怒りの矛先を権力者に向けがちである。
そして、権力者はその怒りの矛先をそらすための策を打ち出してきた。
しかも、民衆に気が付かないように。
人間って懲りないもんだ。
でも、私も人間である。
恐ろしいことに同じことを日常の中でやっている。
そして、そのことに気づかず達観した自分を気取っている。
目の前に映し出されることはすべて自分の反映だとか言われるが、
とてもそう言い切れずにいるのも人間だと思う。
記憶喪失で神様のごとく振舞いたがるのも人間だからね。
外の現象を変えずに、自らの内側を変えていく。
内側を変えることで、人間という懲りない面々がどう変わっていくか。
そして、人間ではない存在との接点ができるだろうか。
ただいま実験中といったところか。