人間って支配、疾病、戦争、飢餓、死と対峙しながら、
そこに立ち向かい乗り越え続けてきた。
そして、それは人間に自我があったからであり、
自我があったからこそ進化、成長しながらバージョンアップし続けてこれたのだろう。
ただ、それはあくまで地球で生き抜くため、勝ち抜くための成長でもあった。
これは確証していないのであくまで推論という前提だけど、
地球は有限な領域の一つであり、視点を広げて見えない無限の領域から眺めると、
ほんの一部の世界に過ぎない。
そして、本来霊魂の我々はあくまで地球を体験の場として肉体を持ち、
生から死までの間に、人間としての体験をしていく。
現在の地球に映されている現状は、恐怖を和らげるため自我を保つために積み重ねてきた変遷そのものである。そうしたなか、こういう事実を突きつけられている。
進化、成長により得られるものは必ずしも良い側面だけではない。
必ずといってよいほど負の側面を目の当たりにする。
もしくは、良い側面だけをかき集めながら、負の側面を見ずにいるかもしれない。
この法則は避けられない。
だからこそ、技術の進歩、制度の成熟化、人間としての進化を経たとしても、
問題や不都合、違和感は避けられない。
そして、身体は不具合を起こし、脳はバグを起こして感情を引き出し続ける。
自我は成長し続ける。
それは霊魂の本来の意図を忘れさせるほど成熟化している。
そうしたなかで、
軽々しく輪廻を超えるとか、アセンションするって意図するのは、
そのことを目を向けていないからだろう。
自我はヨーダのようであり、自我を切り離し始めた人々は赤ん坊である。
そこからなのである。