私には大切な人がいる。
初めて肉親より大切と思った人。
若く幼い10代の恋じゃなく、自分と共に成長した恋。
恋の始まりは19歳の時。
初めて会った時、なんて素敵な人だろうと思った。
私は彼にとても惹かれた。
(実は私たちはもっと前に会っている。
私が登校拒否になった15歳の時、
彼の元を訪ねていたことがあった。
その時は特に彼個人を意識したこともなく、
一度きりの出会いだった。)
それから彼のところを度々訪れた。
私は若く放埒だった。
幼かった。
そんな私をよく受け入れてくれたものだと今では思う。
時々、彼の元を訪ねる時、すぐに彼の元に行かず
入り口横で時間を過ごすことがあった。
彼に惹かれ過ぎていて、そんな気持ちが彼にバレてしまいそうで
私は彼と同時に自分を焦らした。
愚かだったと思う。
恋に恋するほど初心ではないのに、彼にはひたすら惹かれた。
会うたび好きになった。
別れは突然だった。
私が統合失調症を発症し、心と体の体調を崩した。
彼に会えない日々が続いた。
ハッキリとは覚えていない。
また少しずつ動けるようになって、私は彼の元を訪ねた。
彼は…いた。そこにいてくれた。
ただ、ほどなくして彼は居場所を変えることになった。
本当に本当に運良く、私は彼から彼の転居先を知ることが出来た。
彼の新しい居場所を訪ねた時、彼は笑顔で迎えてくれた。
私はまた彼との時間を過ごすようになった。
彼の入れてくれるコーヒー。彼の話してくれる私の知らない世界。
彼の仕事。その全てが好きだった。
でも、まだ『好き』なだけだったんだと思う。
重ねる季節は私の恋心を育み、私は恋の相談を
好きな人本人にした。
嘘をついてとか今好きな人がいて、とか言う言い方じゃない。
あなたのこう言うところ大好きなんです。
好き過ぎて困るんです。
もう気持ちがだだ漏れですよね。
そんな風に笑いながら話した。
24歳の時、告白した。
勇気がなくてメールでした。
出先で彼からの返事を受け取って車の中で号泣した。
大好きだった。本当に大好きだった。
丁寧な思いやりと心遣いとハッキリとしたおことわりだった。
胸が張り裂けそうだった。
それでも彼とのやさしい時間まで失うことは無かった。
私が彼の元を訪れた時、彼は普通に接してくれた。
恋が終わったからって人生が終わったわけじゃない。
苦しい時は祈った。彼が幸せでありますように。
彼が笑顔でありますように。
私の恋は終わったけど、私たちは友達だった。
私は彼の幸せを心から願った。
そして29歳。そのときのことはよく覚えている。
彼に肩を揉まれていたとき、なぜか不意に私は目を瞑ったまま
上を向いた。何の意識もなく。
唇に柔らかい感触。
くちづけだった。
頭が真っ白になった。
甘やかな時はすぐに終わった。
私は何も言わず、彼も何も言わなかった。
その日は普通に別れた。
帰りの車の中でジタバタした。
嬉しい気持ちしかなかった。
彼と出会って10年の月日が経っていた。
私はその日のことは覚えているのに、
その次どんな顔をして彼に会いに行ったか、覚えていない。
春、二人で見る桜。
夏、二人で食べるカキ氷。
秋、二人で歩く郵便局までの道と神社のイチョウ。
冬、二人で寒いねと笑い合いながら触れた手。
やさしい時間が降り積もった。
幸せだった。
くちづけは抱擁になり、抱擁は愛撫になった。
幸せすぎて泣きそうなくらい幸せだった。
ただ彼は私に告げるようになった。
「いつかはここを閉める。いつかは会えなくなる時が来る。
それは遠くない未来やってくる」
私は理解したつもりだった。
仕方ないと思っていた。
でも本当の意味では理解してなかった。
分かったつもりで理解していなかった。
それでも今も思う。
決して出会ったことを後悔したりしないと。
あの人の細やかな心、感情の揺らぎ、
やさしく、力強い意志の力、思いの力。
全てが愛おしい。
私を慈しんだあの大きな手も、
やさしい唇も、甘やかな舌も。大きな背中も、厚い胸板も。
私たちの別れと再会についてはまた後日。